緋色の暗殺者 The Best BondS-4

 見透かされ、その上で射抜く瞳を前に、どんな言い訳も詭弁も通用しない。
 逃げ道が無い今が怖くて、今度はそこから目を動かすことが出来なくなった。
 それは本能を凌ぐ本能の発露。
 掴まれたままの手首が、血を流す手の甲が、急に痛く感じた。
「……」
 息を詰めて黙り込む少年の、ほんの鼻先の距離。
 甘い香りを惜しげもなく放つ唇とは対照に、その二色の宝玉には一切の甘さが含まれていなかった。
 そして、その瞳で告げられる声もまた、然り。
「どう、したい?」
――……え?
 言葉の意味を推し量ろうとするには、その言葉は余りにも単純すぎた。
 だからこそ少年は戸惑う。
 こんなにも意志を孕んだ瞳で、まさかこんな言葉を掛けられるとは思わなかった。
「どう……って……」
 食べたい。食べたくない。
 相反するものに挟まれて、答えは出ない。
「あたしを、食べたい?」
「……――っ!」
 小刻みに、訴えるように首を横に振る。
 追い詰めるような質問に、熱ではないものが目を潤ませていく。
「食べ……たくない……! 僕は、食べたくなんて……!」
 食べたくないなんて、嘘だ。本当は、一滴残らず血を啜り、温かく柔らかな肉を屠りたくてたまらない。
 ただ、それはいけないことだと、異常なことなのだと知っているから認めてはいけない。
 見透かされていてもどれほど追い詰められても、認めるわけにはいかない。
 その砦を必死に守ろうと首を振り続けていると、手首から温もりが離れた。
 立ち上がり様にエナの小さな溜め息が耳を掠めた。
「……別に悪いことじゃ、ないんだけどな」
 ぼそり、と零されたその声は小さくて。けれど常人よりも数倍の聴覚を持つ彼には、聞き違えようがなかった。それでも耳を疑う。
「今、なんて……」
「だから、別に悪いことじゃないのに、って。まぁ、だからって喰わせるわけにはいかないけど」
 ずれた内掛けを羽織りなおしながらエナは何でもないことのようにさらりと口にした。
 ちろりと唇を舐める舌先が艶めかしく視界に入ったが、彼女が発する言葉の方が今はよっぽど意識を引く。
「娯楽だって言うなら悪趣味って罵るけど。それ、見てる感じ本能だよね?」
 だったら仕方ないじゃん、と言いながら髪を結い始める彼女を少年は信じられない想いで見つめた。