匂い立つ甘さはもぎたての果実のように濃厚で爽やかで、渇いた喉に凄絶な快感を齎すだろうことが容易に想像できてしまう。
濃くて甘くて瑞々しい。
何処かに醜悪さを探すのに、浮き彫りになるのは食べなければ後悔しそうな程の魅惑のみで。
熱い、熱い、熱い。
頭に血が上り思考を掻き消しそうな熱の中、少年はそれを抑えるために自らの手の甲に牙を立てた。
鋭い犬歯が皮膚を裂く。
そこから溢れる自身の匂いに安堵したのも束の間。
「馬鹿っ!」
発せられた言葉と共に、手首を掴まれた。
びくりとして口を離した手の甲から鮮血が伝う。
「……あ……」
戦慄いた唇が音を発した。
――来ないで。
そう言いたかったのに彼女との距離は既に近く。
握り拳一つ分くらい先で困惑しながら覗き込むその表情が目に飛び込んで。
目が、離せなくなる――エナの唇から薄く滲む紅から。
より濃く多いそれが自身の手から零れているというのに、一滴が広がっただけのようなそれから、どうしても目が離せない。
甘い甘い、匂いの元。
――舐める、だけなら……。
ふとそんな衝動に駆られる。
それならば許されるのではないか、と。食欲を抑えている自身にそれくらいは許されて然るべきではないか、と。
期待に潤んだ目が獲物を狙う獣の其れでしかないことを少年は自覚していなかった。
眩暈さえ覚える甘美な誘惑が与える衝動に少年は遂に身を任せた。――否、任せようと、した。
あまり厚みの無い獲物の唇が閉じられたままであったなら、それは現実のものになっていただろう。
「あたし、そんなに、美味しそう?」
ひとつひとつ区切ってはっきりと形にされたその言葉を、欲に浮かされた脳で理解したとき、全身に広がったのは冷や水を浴びせられたような極寒の衝撃だった。
見抜かれている。この浅ましい獣の性を。
少年は、彼女の唇から視線を上げた。
「ち、が……!」
否定の言葉を口にしようとして、それがなんら意味の無いことであることに気付いた。
あれほど血が滲む場所に抗い難い引力を感じていたのが嘘のようにすんなりと目が動いたのは、それ以上の引力を其処に感じたからなのだと、少年は思い知ったのだ。
見抜くなど、生ぬるい。
全ての繕いを灰燼に帰す、見透かした一対の瞳。
濃くて甘くて瑞々しい。
何処かに醜悪さを探すのに、浮き彫りになるのは食べなければ後悔しそうな程の魅惑のみで。
熱い、熱い、熱い。
頭に血が上り思考を掻き消しそうな熱の中、少年はそれを抑えるために自らの手の甲に牙を立てた。
鋭い犬歯が皮膚を裂く。
そこから溢れる自身の匂いに安堵したのも束の間。
「馬鹿っ!」
発せられた言葉と共に、手首を掴まれた。
びくりとして口を離した手の甲から鮮血が伝う。
「……あ……」
戦慄いた唇が音を発した。
――来ないで。
そう言いたかったのに彼女との距離は既に近く。
握り拳一つ分くらい先で困惑しながら覗き込むその表情が目に飛び込んで。
目が、離せなくなる――エナの唇から薄く滲む紅から。
より濃く多いそれが自身の手から零れているというのに、一滴が広がっただけのようなそれから、どうしても目が離せない。
甘い甘い、匂いの元。
――舐める、だけなら……。
ふとそんな衝動に駆られる。
それならば許されるのではないか、と。食欲を抑えている自身にそれくらいは許されて然るべきではないか、と。
期待に潤んだ目が獲物を狙う獣の其れでしかないことを少年は自覚していなかった。
眩暈さえ覚える甘美な誘惑が与える衝動に少年は遂に身を任せた。――否、任せようと、した。
あまり厚みの無い獲物の唇が閉じられたままであったなら、それは現実のものになっていただろう。
「あたし、そんなに、美味しそう?」
ひとつひとつ区切ってはっきりと形にされたその言葉を、欲に浮かされた脳で理解したとき、全身に広がったのは冷や水を浴びせられたような極寒の衝撃だった。
見抜かれている。この浅ましい獣の性を。
少年は、彼女の唇から視線を上げた。
「ち、が……!」
否定の言葉を口にしようとして、それがなんら意味の無いことであることに気付いた。
あれほど血が滲む場所に抗い難い引力を感じていたのが嘘のようにすんなりと目が動いたのは、それ以上の引力を其処に感じたからなのだと、少年は思い知ったのだ。
見抜くなど、生ぬるい。
全ての繕いを灰燼に帰す、見透かした一対の瞳。

