緋色の暗殺者 The Best BondS-4

「ご、ごめんなさ……」
「牢の床に抜け道なんてあるわけないじゃん!」
 咄嗟に謝罪を口にしかけた自身を遮った彼女の言葉に少年の目は点になる。
「……え?」
「だから! 牢に抜け道なんて用意されてるわけないよね、って!」
 強い口調だが、どうやら同意を求められているらしい。
「そ、そうだね」
 萎縮した心臓の速い鼓動を感じながら少年はなんとかそう答えた。
 だよね、と呟いたエナは顎を摘むようにして考え込んだ。
 手錠のせいで一緒に持ち上げられた片手が暇を持て余している様相はなかなかに珍妙だ。
「やっぱ正々堂々と、扉から出るか」
 誰に言うともなく、だが独り言にしては随分大きな声でそう言ったかと思うと、エナは大股歩きでずんずんと少年の目の前までやってきた。否、正確には牢の扉のまん前までだ。
 扉は外側から鉄の錠でしっかりと固定されている。
 この牢をどうにかするくらいなら、欄間をぶち破ろうとする方がまだ可能性がありそうなものなのに、と少年は呆れながらに思う。
 だがそれを口にはしない。
 腰を曲げて鉄錠を様々な角度から見ていたエナが視線を錠に置いたまま背筋を伸ばした。
「ここからなら逃げれると思うんだけど、どう?」
 二人きりの空間なのだから、その質問は必然的に自身に向けられたということになるが、いや、どうと聞かれても、というのが少年の正直な感想だった。
「……本気で言ってるの? それ」
 問い返すと、エナは心底心外だと言わんばかりの顔をした。
「あったりまえ。他の逃げ道でもあれば、向こうの目、少しでも欺けるかと思ったけど、この際仕方ないもん」
 少年は正面から逃亡を図ることを本気かと聞いたわけではない。
 本気で逃げられると思っているのかと聞きたかったのだ。
「……捕まると思う」
「そんなの、わかんないじゃん」
 即答で返ってくる答えに、少年は胃のあたりがむかむかするのを感じた。
「無理だよ!」
 意に反して、口から出た声は大きくて尖っていた。
 甘い戯言は現実から逃れるためのもので、挑むためのものなんかじゃない。
 心中のそんな言葉が伝わったのか、エナは俄かに眉尻を下げ、視線を少し落とした。
――なんで、そんな傷ついたような顔……。