「わああああっ!!」
 エナがハンドルを放し、更に近づいてこようとするリゼの顔を両手で止める。
「あっ! バカ、ハンドル離すんじゃね……っ!」
 足に力が入り、アクセルが更に強く踏まれる。
 加速する車とセクハラ行為にジストが立ち上がる。体を持っていかれそうな風の中で、だ。
「いつまで触ってんだ。俺もそこまではやってねえぞ、羨ましいだろうが!」
 その台詞が何処まで本気かはさておき、ジストはエナのわき腹を抱え、ひょい、と持ち上げた。
「だぁぁぁっ! 何してやがる!」
 運転席が空になることに取り乱すのは勿論ゼルだ。
 リゼが小さく舌打ちをして、エナを視線で追う。
 その瞬間。
 持ち上げられたエナの足がハンドルを蹴った。
「「「「あ。」」」」
 四人の目がハンドルを見つめる。
 そして、体が傾いだ。
 突然襲った遠心力はすさまじいものだった。
 それから車が止まるまでの数秒間は一生に思える程長く、そして地獄だった。
 なんとか誰一人放り出されず、最終的に車は弧を描き、後ろ半分を砂漠に突っ込む形で停車した。
 もうもうと舞い上がった砂が風に乗せられて運ばれていったとき。
 そこにはリゼがかがみこんで手でブレーキを押し、ヘッドレストとジストの足を掴んで繋ぎとめたゼル、それからエナを右腕で抱えたまま前傾姿勢で空いた手でハンドルを押さえているジストと、ジストの手の上から足でハンドルを踏みつけているエナ――それからゼルの義手に噛み付いて身を護ったラファエルの姿があった。
 誰も息をつけぬ沈黙が流れた後。
「――――っ!!」
 エナが拳をつくる。
「こン…馬鹿共がぁぁっ!!」
 ジストの顔面への鉄拳とリゼの後頭部への踵落としが見事に決まった。
「お前ら降りろ! 今すぐ降りろぉぉっ!」
 彼等を襲ったであろう痛みを想像して顔を顰めるゼルの前で鬼のような形相をしたエナの怒号が轟く。
「いったぁ――……」
「…………」
 涙目で呻くジストと、俯いたまま沈黙を守るリゼ。
「あ! こら! リゼ! 頭あげるなっ!!」
 エナの顔に驚愕……というか、焦りが浮かぶ。
「え? なんです?」
「こらぁぁぁぁぁっ!!」
 リゼは屈みこみ、手でブレーキを押さえていたのだ。
 エナの左足はハンドル、右足はリゼの頭。
 どう考えても、リゼが頭を擡(モタ)げたり振り返るとエナのスカートの中身が丸見えになってしまう。