緋色の暗殺者 The Best BondS-4

 来るべき時が来た。そういうことだ。
 長い回廊の果て、彼は高度なテクノロジーを持つ扉の前で目を細めた。
「まさかまた、此処に来ることになるとはねえ……」
 そんなつもりじゃなかったのに、と独りごちて煙草をくわえる。
 ライターの炎の中に遠い過去の残像がちらつき、その炎が移ったように胸の奥がちりちりと燃えた。
「今回だけは問題起こして欲しくなかったんだけど……まあ今更栓のないことか」
 煙草をくわえたまま、取り出した銃を天井に向けて引き金を引く。
 閉鎖された細長い空間で、その音はよく響いた。
 弾丸一発。それで火災報知器を黙らせ、ジストは肺に溜めた紫煙をゆっくりと吐き出した。
「なあ、ラファエル。どうだ、お前の目から見て、俺は今滑稽か?」
 微かな尻込みをごまかす為に一服する自身を嘲笑しながら、早く行こうと責っ付いていたラファエルを見下ろす。
 その視線を受けて、真っ白い犬は動きを止めジストを見上げた。
 つぶらな瞳で、にゃあ、とひとつ鳴いたラファエルの肯否はわからない。
 だがジストは「まあな」と答えて、もう一度煙草の煙で肺を満たした。
「これも恋の試練ってわけだ」
 見事にうまくいかないことだらけで、ここまでくると全てが誰かに手引きされているのではないかと勘繰りたくなってしまう。
 もしくは悪運の権化のようなエナに運という運を吸い取られているのかもしれない。
 どちらにせよ、自分の都合良く動いてくれないことに変わりはない。
 そしてそれがジストを上機嫌にするのだ。
「あれは俺に何を与えるつもりなんだか……」
 高名な占い師さえ未来が読めないと言わしめた少女を思い浮かべる。
 脳内の残像でさえ、鮮烈な印象を放つ一対の瞳にジストは苦笑した。
 何を与えられ何に巻き込まれ、何が起こるのか見当もつかない、そんな日々も。
「まあそれも、一興ってやつか」
 この日常を手放す気には未だなれず、そのために必要な我慢ならば致し方ない。
 退屈だろうと面白くない役目だろうと、飼い馴らしてこなしてみせる。
 そしてどうやら今回は、過去の遺物を掃除する必要があるらしい。
 全く日常を守るためだけにどれだけの骨を折らせれば気が済むというのか、あの娘は。
 ジストは喉をくつりと鳴らし、声なく口にする。
――面白く、なってきた。
 変化という名の足音がすぐそこまで来ていることに、彼は気付かない。