緋色の暗殺者 The Best BondS-4

 彼の中では立ちはだかる人間が居る面倒よりも退屈のほうが耐え難いことなのである。勿論、面倒があればあったで不満を漏らすのだが。
 そんな自分勝手な彼の願いも虚しく、この回廊に人の気配はただの一つも無い。
 懐中時計を見ればオークション会場に世界の要人達が入る時間なので、おそらくそちらの警備に回っているのだろう。
「セキュリティシステムに慢心しすぎだねぇ。所詮、機械は機械だってのに」
 お陰で見せ場が無いじゃないか、とぼやくジストを馬鹿にするかのようにラファエルは長いしっぽをふわふわと揺らして先へ先へと歩いていく。
 それを目で追ったジストは肩を落として溜め息を吐いた。
 いよいよつまらなくなってきたのだ。
「エナちゃんとの目くるめく愛欲の日々でも妄想しようか。……うーん、それもやり尽した感があるしなぁ。それにあれはやっぱり誰かに聞かせるのが楽しいんだし……やはりリゼを引っ張り出して連れてくるべきだったか……?」
 妄想を垂れ流して聞かせるという悪趣味な遊びの駒として白羽の矢が立った男が今くしゃみをしたかどうかはわからないが、ジストは、はっとしてすぐさま自身の発言を取下げた。
「それだとジストさんが格好良く参上したらリゼの株まで上がっちゃう。却下却下。恋愛って難しいなぁ。そう思わない?」
 先を行くラファエルに飽きもせず声を掛けて無言さえも楽しむ。
 無視されることが分かっているからこそ絡みたくなるのもまた彼の性分である。
「時にラフ、どういうことだと思う? あの男が告げた言葉の意味」
 声を少し低くしたジストにラフが振り返った。
 本当に頭の良い犬だ。犬が飼い主に似るというのは嘘なのかもしれない。――飼い主の前では口が裂けても言えやしないが。
――お前はあの方の護衛ではないのか――
 締め上げた男が息も絶え絶えに口にした言葉を思い返す。
 エナの護衛はしているが、残念ながらエナは【あの方】と言われるような立場にない。それ以外の護衛など買って出たつもりは無いのだから、つまり人違いをされたということになる。
――その、紅蓮の……――
 追い詰められた男は震える指で示した。
 紅蓮。それに連なる色彩。それが意味すること。
 それは今まで避け続けてきた避けて通れない、だが避ける気満々だった道。
「さあて、どれが出てくるかな……?」
 悠長な呟きに焦りは無い。