「悟った方がいい、か」
 そっと手を離したエナは自嘲気味に笑んだ。
 悟れ、賢くなれ、諦めろ。
 何度言われてきただろう。
「その免罪符に縋ると、楽?」
 少し腰を曲げて覗き込んだ先で少年は目を見開いた。
「免罪符……?」
 問い返すその少年に、その言葉はどう伝わったのだろうか。微かに動いた眉宇から読み取れるものは何もなく、エナは少年から身体を引いた。
 代わりに手を差し出して唇の端に笑みを乗せる。
「あたし、エナ。キミは?」
 少年は目に見えて躊躇した。
「……」
 手を見つめたまま立ち尽くすその躊躇いの中にあるのは戸惑いでも驚きでもない。これはおそらく――嫌悪感からの拒否反応。
「……そっか」
 空振りして行き場を失くした手を引っ込めようとした時、視界の隅で光が動いた。反射的にエナの目はその原因を追う。
 部屋の扉の赤い光が扉の枠にあった無色の珠に吸い込まれていく。
 全ての赤い光が珠に収まったと同時にヴィン、と虫の羽音に似た音が短く響き扉が消えた。
 扉が消えるという、エナの知る常識から外れた事象に目を白黒させていると、坊主頭の男に案内されて二人の人影。
 光の加減で白に見紛う金の髪の男の後ろ、深い紅の髪が揺れる。
「ジスト!」
 渡りに船とばかりに顔をぱっと輝かせて声をあげたエナの顔は、次の瞬間凍りついた。
 ゆっくりとした瞬きのあとエナを見るその視線。
 ざわりと得体の知れない何かが体を這う。
 冷たい汗がこめかみを伝った。
 停止した脳が、ただ一つのことだけを訴え続ける。
――ち、がう。
 エナの唇が音無く――そう紡いだ。