そう言われてみれば街中で見たときとは違い、少年も見目良い服装に変わっていた。薄手のシャツに金糸の刺繍が施されたベスト。それからモスグリーンのハーフパンツに茶色いブーツ。彼らが身に纏っていたぼろ布が部屋の隅に積み上げられている。
 明らかに変わった服装にエナが気付かなかったのは彼女が他人の外見をあまり重視していないからだ。
「ふぅん、流石はプレタミューズ。奴隷にも身だしなみを求めるんだ。親切っつーか空気読めないっつーか」
 皮肉を口にしながらクローゼットへと近づくエナを、幾つもの目が追う。
 生気を失った者の視線が体に絡むが、エナはそれを意識的に追い出した。
「あ。首飾りまであるじゃん。ってか手錠あんのにどうやって着替えろっつー……」
「鍵ならあります」
 振り返ると少年が壁にかけてある鍵を手に取るところだった。
「鍵があるのに……手錠、つけたまま?」
 皆着替えが済んでいるということは、一度は手錠を外したということだろう。だが誰を見ても手錠はその手首にある。着替えてからわざわざ装着した以外に考えられない。
「……どうせ、すぐ付け直すだけだから。手を出してください」
「……」
 エナは黙って手を差し出した。
 少年が体を傾けながらもその不自由な両手で鍵を外してくれる。
 かちゃりと小さな音がしたかと思うと受け損なった手錠が床に落ちる。
 落ちていく手錠を見ている少年の腕を、エナは強く掴んだ。
 びくり、と体を震わせて目をきつく瞑った少年の反応は過剰といえるほどに大きかった。
 それが、彼のこれまでの人生を象徴している気がして、エナは目を細める。
「……逃げようって、思わないの?」
 今までも痛い目に遇ってきたに違いないというのに自ら手錠をつけた少年の気持ちを探る。
 その言葉からややあって、少年は顔を背けたままゆっくりと目を開けた。
「……思わないよ」
 エナが掴んだ腕を見つめながら少年は静かに答えた。
「希望なんて無意味だし……この命にも意味なんてないんだ。ここに居る人間にはそもそも人間としての価値が無いんだから」
 瞳にはまた、諦めの色。人として生きることを諦めた、凝って何処にもいけない暗く濁った水のような目。
「……離して……ください。なんで此処に来たかはわからないけど、お姉さんも、これからの運命を早く悟った方がいい……です」