「キミに会いたくて、来た」
 錘を引き摺りながら壁際へと歩く少年の背中に声を掛ける。
 少年が振り返る。疑うことを知らないのだろう。少年の顔は怪訝ではなく驚愕で彩られている。
「……どうして?」
「や、だから会いたくて?」
 自身の中に理由は色々あったが、伝えるのならばこれ以上も以下もない。全ての理由の結果が「会いたい」であり、全ての理由の根源が「会いたい」であるからだ。
 少年に伝える理由を他に探せるほど、自身はまだ彼のことを何も知らない。
「けどもうあんまり時間なくて。キミ、此処のこと詳しい……わけないか」
 早々にどうにかして此処から抜け出さなければプラチナオークションに間に合わない。とはいえ、参加するのはエナではないのだから居ても居なくても同じだが、まあなんというか気持ちの問題だ。
「あ、はい。途中の村での馬車が遅れて……僕もさっき連れてこられたところだから……」
「そっか」
 エナはさらりと相槌を打って辺りを見渡した。
 白を基調とするその部屋は奴隷が保管される場所にしては豪勢だった。
 捕まってすぐに押し込まれた部屋は何一つ――明かり一つ無いところだったのだが、何で調べたのか、国際指名手配犯だということがばれてしまい連れて来られたのがこの部屋だ。
 よく牢屋で見受けられるような鉄格子など何処にも無い。
 代わりに、だだっ広い部屋の中央で光の格子が人を阻んでいる。壁に走る光は緑。けれど格子の縦に走る光は白く、横に走る光は青い。そして部屋の扉に何かの紋様のように走る光は赤。なかなか面倒な防犯システムのようだ。力技でどうにかなる類のものではないらしい。
 光格子の向こう側にはソファと小さなテーブルが置かれ、その上には水差しもある。
 牢の中にもソファはあったが、十名弱居る奴隷予備軍の誰一人、そこに座っている者はいなかった。
 皆、壁に背を預けて小さく背中を丸めて座っている。
「……あの服は?」
 エナは開け放たれたままのクローゼットを指差した。
 割と仕立ての良い服が性別や大きさを問わず並んでいる。
「着替えるんです。お姉さんも着替えた方がいいよ。あの男(ヒト)たちに無理矢理着替えさせられたくなければ」