「てめぇの粗末な肝っ玉には刺激が強かったかな? なんせ街中に居る段階で車酔いする軟弱野郎だからね」
「普通酔うわっ! 街中でドリフトかますって、何考えてんだよ!?」
 車というこの乗り物は、軍事国家、または貴族の間にしか浸透していないものだ。
 この車もまた例に漏れず、リゼの邸にあったものだ。
 運転したいというエナに仕込んだのはジストであるのだが、彼自身、彼女がこんな荒々しい運転をするとは思っていなかったのだろう。
 冗談混じりにドリフトの仕方を教えたところ、エナはそれをいたく気に入ってしまった。
 そして早朝で人通りは少なかったとはいえ、街を出るまでドリフト祭りは続き、結果、異常なほど強い内臓やら器官等を持っているジストやゼルは命の危険に晒されているだけであったが――これだけで充分酷い――どちらかといえばか弱い部類に入る普通の肉体しか持たぬリゼは車酔いという形で暴走ともいえる運転の弊害を被った、とまあそういうわけである。
 一人の負傷者も出さずに街を出られたのは奇跡といっていい。
 危うくつい最近懸けられたばかりの賞金額が跳ね上がるところだった。
 小さな町の十人を殺すよりも貴族一人を轢いた方が賞金額は上がる――なんとも偏った社会だが、それが現実だ。
 エナの運転で事故を起こす以上、もれなく此岸とおさらばする羽目になるのだろうから要らぬ心配だったろうが。
 先だってのジストの挑発に一瞬鋭い視線を向けたリゼは溜め息と共に地図をたたみ、おもむろにエナの肩に手を回した。
「貴方の肝っ玉はどれほどのものなんでしょうね。なんなら再現しましょうか」
「そりゃあ立派ですけど? っつーか、その手をどけなさい! オロすぞコラ!」
「ちょ……っ! 何して……!」
 運転の邪魔をされたエナが声を荒げる。
「事故るっ! 事故るからっ! ゼル、こいつら止めろぉっ!」
 二人のくだらない諍いに確実に巻き込まれてるというのにエナを挟んだ二人には無視されるという状況に合い、エナは先ほどまでゼルを無視していたことを心中で詫びた。
 これは質が悪すぎる。
「止めるっつったって……。オレが入ると余計ややこしく……車、止めろ、車っ!」
 おろおろとするゼルを尻目に。
「どうでしたっけ? 確か……」
 リゼは笑顔のまま空いている方の手でエナの太ももをまさぐり、前を向くエナの唇に顔を寄せる。