緋色の暗殺者 The Best BondS-4

 わかりきったことを聞かないでください、と大儀(タイギ)そうに言うリゼに罪は無いが、彼に流した視線には怒気が篭る。
「……何が悪運だ。最悪じゃねェか」
 手だけは動かして、ぐるぐると男の足の付け根を縛りながら悪態をつくと、リゼが「何を言っているんですか」と言葉を挟んだ。
「指名手配犯でなければ、この塔の何処かに彼女の死体が転がっていましたよ。とりわけ国際指名手配犯は高値で取引されますからね。彼女は命拾いしたんです」
「……」
 殺されていたかもしれないことを思えば強運と呼べるのかもしれないが、彼女の運はどうしていつも面倒事を増やす方向でしか働かないのだろうか。
 黙ったゼルの肩に女のように華奢な手が置かれた。
「そうとわかれば、もう此処に用は無いでしょう? そして時間が無いということもわかりますよね、いくら貴方でも。止血などしている場合ではないんですよ」
 此処にもはや用が無いことも、時間が無いことも、リゼが止血をやめさせようとしていることも理解したからゼルは頷く。
「わかってる……わかってっけど、もうちょい待ってくれ。すぐ終わっから」
 男へと視線を戻したゼルの隣でリゼが頭を掻く気配がした。苛々とした感情が伝わってくる。
「わからない人ですね。一秒でも遅れたらオークション会場には入れないんですよ。そうすればエナさんはめでたく変態か気違いの餌食です。それでもいいんですか」
「いいわきゃねェだろ。けどもしこの男が死んだら……」
「愚鈍もたいがいにしてください。その程度の怪我じゃ死にません」
 吐き捨てたリゼはくるりと踵を返し、そのまま元来た道へと歩いていく。
「あ、おい、ちょっ……!」
 リゼの背中と男の間で何度か視線を往復させる。
 リゼはこの程度の怪我では死なないと言った。確かにそうなのかもしれない。けれどそれは早々に適切な処置をしたらの話だ。
――もしも止血をしなかったことで、この男が死んだなら……。
「だってこれは……ジストがしたことかもしれねェんだ……」
 リゼには聞こえぬように呟く。 エナとジストの間にある、殺さずの約束。この男の命でその約束が反古になったとしたら、それはオレのせいだ、とゼルは思う。