「ホント、一人くらい置いてくりゃよかった。一番ウザい奴を。そしてこの会話が片手じゃ足んないくらい繰り返されてること、ご存知? 一番ウザいそこのあんた」
 何度も繰り返される「なんでこいつが居るの」攻撃に辟易したエナの毒舌にも、エナ命と豪語するジストはめげない。
「エナちゃん、最近言葉が更に辛辣よ? 陰気な奴の悪影響?」
「それは誰のことですかね。私にはさっぱりわかりませんが」
 斜め後ろからの視線を感じたリゼは慇懃無礼上等の笑顔で振り返った。
「なんでこんな奴がエナちゃんの隣座ってるのさ? そんなこと許せなぁい! 其処、ジストさんの席なのにー!」
 耳元で喚くジストにエナは怒鳴る。
「あんたがセクハラしたからでしょーが!!」
「不器用なジストさんなりの愛情表現なのに……」
 拗ねている様子を声だけで表現できる人間の何処をどう見れば不器用だと言えるのか。
「命賭けて表現するなバカ!」
 本日早朝に貴族の街ノービルティアを経った時、助手席は当然のようにジストが陣取っていた。
 だが、走り続けること三時間。
 退屈したジストが行った「愛情表現」によって、一行の車は危うく木に突っ込みかけるという目にあった。
 エナに殴る蹴るの暴行を加えられた後、ジストは強制的にリゼの席と換えられたというわけだ。
「今、バカつったか!?」
「あんたじゃない! 過剰反応すんなバカ!」
 どうやらゼルにとってバカという言葉は名前を呼ばれることと同様に深層心理の奥深くに刻まれているものであるらしい。
 飛び散っていく声の中、その単語だけは確実に聞き取ることが出来るのだから。
 そんなゼルの被害妄想にエナはサングラスを投げつけた。
 蒼翠と翠蒼という色違いの大きな瞳が顕わになる。
「酷かったですよね。寿命が縮むかと思いましたよ。誰かさんの愛情表現のお陰で」
「違う。縮むんじゃなくて止まる、が正しいって。あの場合」
 本当に、あと少しブレーキを踏むのが遅ければ車は大破。
 確実に即死の域だった。
 まあそれはエナがとんでもないスピードで車を走らせていたということもあるのだが。
「オレは常にそんな気分だよ! 聞け! 無視すんな!」
 ゼルの心からの叫びはおそらく此処に第三者が居たのなら激しく同情するに違いないものだったが、静かに火花を散らすジストとリゼは、意に介さない。