緋色の暗殺者 The Best BondS-4



「あれ? 見失った?」
 プレタミューズの北の一角でエナは首を傾げた。
 【貴族の奉公者】たる彼らを堂々と後をつけていたのではあるが、古い煉瓦の建物の角を曲がったところで鎖で繋がれた彼らは忽然と姿を消してしまったのだ。
「おっかしーな……。しかもオークション会場って東側、だったと思うんだけど……なんで北?」
 ぶつぶつと零すエナは眉を顰めて視線を右に左にと動かした。
 てっきり奴隷としてオークションに掛けられるのだと思っていたのだが、どうやら思い違いであったらしい。
 既に買い手の決まった者たちであったのかもしれない。
 だが、プレタミューズの北側は昔から其処で商売している者達が住まう区画で、裕福な貴族が宿泊するような場所は無い。
 辺りを見回しても、小奇麗ではあるが豪華とはとても言えないような建物や昔から代々続いていそうな小さな店が並んでいるだけだ。色使いも他の区画と比べると控えめで、裕福な観光客が立ち入るような娯楽施設があるとも思えない。
 むしろ、裕福な貴族達の進入を拒否しているようにも見える。
「こんなところに……いったい何の……」
 煉瓦の壁に手を添わせながら、エナは消えてしまった彼らの行方を捜した。
 何の為につけてきたのかと言われれば困ってしまうが、どうにも無視出来なかったのだ。
 できることならば助けたい、と思った。
 死んだ魚のような目をした少年を助けたいと思った。
 それは逃がしてやるとかそういったものではなかった。笑わせてやりたいと。少しでも生きることに喜びを見い出して欲しいと、そう思った。
「要らないお節介、か」
 エナは溜め息交じりに呟いた。
 まるで捨て猫に餌を与えるような行為に等しい。
 拾うことも出来ないままに、ただ徒に手を差し伸べて餌をやる。
 きまぐれの範疇の中で。それが如何に無責任なことであるか、エナ自身承知しているはずだった。
「でも、無視するかどうかはまた別の話なんだよな、っと」
 手を這わせていた壁に古びた木の扉を見つけてエナは足を止めた。
 その扉はほんの少し開いており、ひんやりとした空気が流れ出している。
 エナはその建物を見上げた。
 大きくて縦長の建物は、どう見ても居住用ではない。随分古い建物のようだがしっかりとした造りは建設者が懇切丁寧に積み上げたものだとわかる。
 塔。そう呼ぶに相応しい建物だった。