緋色の暗殺者 The Best BondS-4

 別段笑うようなことでもないだろうとエナは思ったわけだが――何故か彼女はこの手の話には疎いときている――ヴィルマの息子という人物にはエナも少々興味を抱いた。
「うん? うん。あたしも興味あるな。ヴィルマの息子だったら、やっぱり豪気なんだろうね」
 団員達が上げた、おお、という歓声にも似た声の意味はやはりエナにはよくわからなかったが、この際気にしないことにする。
「どうかな。アタシとはあまり似てないからね。繊細で気弱な男さ。あの兄ちゃんの方がよっぽどイイ男だと思うよ」
 ゼルを顎でしゃくりながら言ったヴィルマは、それでも自身の息子に対する愛に溢れた優しい顔をしていた。
「ふーん?」
 ちらりとゼルを見ると、彼は何やら男の団員と話しこんでいた。
 身振り手振りを見るに、どうやらトレーニングの仕方を伝授しているらしい。
 視線をヴィルマに戻そうとした時。
 視界の隅に入った光景がエナの動きを止める。
 背の高いハットを被り口元にハの字の髭を蓄えた、如何にも貴族然とした男を先頭に、年恰好も様々な青少年達が数名、一列になって広場を横切っている。
 エナがその列を見つめていると、その中の一人と不意に目が合った。
 声変わりが始まるくらいの年齢だろうか。
 うっすらと青みがかった乳白色――月白(ゲッパク)の髪の前髪は長く、そこから覗く菫(スミレ)色の瞳には光が無い。
まるで命潰えて久しい魚の目。
「……あれは?」
 目を逸らさないままエナは問うた。
「ああ、貴族への奉公者さ」
 彼らの身形(ミナリ)は決して良いとは言えない。
 ぼろ布を纏っただけ、という表現が相応しい。
 よく見れば彼等は一様に手錠をしており、鎖で繋がれている。
――奴隷。
 エナはヴィルマの言葉を正しく理解し、眉を潜めた。
「禁止、されてんじゃないの。人身売買」
 トルーアなどの闇市で人身売買が行われている事実は確かにある。
 だが、真っ昼間に奴隷を連れ歩き、街人もそれを奴隷と知りつつ「奉公者」だと便宜を図るとなると、それはもう公然としかいいようのないもので。
 そして公な人身売買は鷺裁(サギサイ)という保安国家によって禁止されているのだ。
 目の前の光景は明らかに法を犯している。