緋色の暗殺者 The Best BondS-4

「な、なんだよ、触んなっつってんだろーが」
 他の団員からも好き勝手触られ始めたゼルは遂に避難した。
 つまり、輪から抜け出したのであるが、何人かがそれについていったことから、結局エナの背後からゼルの喚き声が消えることは無い。
「ジストはちょっと別件で。美人に会えなくて残念だってほざいてたよ」
 だぁぁ! もうやめてくれ! というゼルの悲嘆を聞きながらジストの言伝を伝えたエナにヴィルマは声を立てて豪快に笑った。
「はは、嬉しいねぇ。で、このコなのかい、あんたが前に追っかけてた犬ってのは」
 ダウンジャケットの嵩(カサ)のせいで、いつものようにすっぽりと落ち着けずに体勢をころころと変えているラファエルをヴィルマが覗き込む。
 突然近づいてきた顔にラファエルは視線を向けて、可愛らしく「にゃあ」と鳴いた。
 その瞬間、ヴィルマも、エナを取り囲んでいた人たちも見事に固まり瞠目する。
「……随分とまあ、変わった鳴き方だね……」
 本当に犬かい? という言葉を飲み込んだに違いないヴィルマは、現実逃避の一環としてか話を逸らした。
「それで、アンタたちは、どうして此処に居るんだい? まさかアルタ座に入団する気になったのかい?」
 だとしたら嬉しいんだけどねぇと言うヴィルマにエナは肩を竦めた。
「正直、それもアリかなとか思ったんだけどさ。入団したらプレタミューズの入場料かかんないんでしょ?」
「なんだい、邪(ヨコシ)まな理由だね」
 それは呆れ口調だったが、気を悪くしたふうでもない。
 そればかりかにこにこと、「どうせなら舞台に出ていかないかい?」と提案までしてきた。
「あんま時間無いんだ。ちょっと探し物が、ね」
 挨拶を終えたなら、リゼ達と一度合流することになっている。
 探し物の行方がわかったならば、今後の算段を立てねばならない。
「まぁた探し物かい。まあそんなこったろうと思ったけどね。残念だね、アタシの息子にアンタの話をしたらひどく会いたがってたんだけどさ、今ちょっと買出しを頼んじまっててねえ」
 ヴィルマの言葉に、他の団員からくすくすと笑い声が漏れた。
 好意的なものであることはわかるのだが、エナは首を傾げた。
「なに?」
 問うと、以前同じ舞台に立った青年が其れに答えてくれた――忍び笑いのままで。
「エナに興味を持ったってことだよ」