緋色の暗殺者 The Best BondS-4



 プレタミューズのど真ん中の広場、この日の為に造られた大きな演劇会場では多くの人が右へ左へと忙しく動き回っていた。
「ヴィルマ!」
 大声であれこれと指示を出している黒髪の女性を見つけたエナはその背中に声をかけた。
「後にしとくれ! こっちが終わってから聞……」
 言いながら振り返った中年美女は途中で言葉を切り、目を見開く。
「エナ! エナじゃないか!」
 黒く煌めく双眸を嬉しそうに細めて破顔した美女は大きな音で二度、手を叩いた。
「おーい皆、少し休憩だ! エナが来たよ!」
 鍛えられたしなやかな肉体から響き渡る声に、立ち稽古をしていた者、衣装合わせをしていた者、セットをチェックしていた者達が手を止めて顔を向けた。
 その中には見知った顔も幾つか在り「エナ! 元気だった!?」などという言葉と共にエナはあっという間に囲まれる。
 一緒くたになって囲まれたゼルはその歓迎振りにおろおろと一歩後ずさり、尻尾を踏まれたラファエルがゼルの足に噛み付いた。
「無事だったんだね。ウチの奴らも随分心配していたんだよ」
 腰に手を当てたヴィルマは安堵の表情を浮かべていて本当に心配してくれていたのだと感じたエナは、先に手紙くらい送っておけば良かったかなと考えた。
「うん、余裕余裕」
「どこが余裕だよ」
 答えたエナにゼルがツッコミを入れる。
 リゼに押し倒されてみたり肩を抉られてみたり、銃で足を撃ちぬかれたことを考えると確かに余裕とは言えまい。
 だが喉元を過ぎた物の熱さなど綺麗さっぱり忘れるエナは、何かあったのかと眉宇を顰めるヴィルマ達に結果オーライだと笑ってみせた。
「おや、もう一人はどうしたんだい? 一緒じゃないのかい」
「って言いながら触んのやめてもらえねェか!?」
 胸筋を撫で繰り回すヴィルマに更に一歩下がったゼルはまたもやラファエルを踏みそうになったが、今度はラファエルがうまく避けて、そのままエナの腕へと飛び乗った。
「いいじゃないか、減るものじゃなし。相変わらず完璧な筋肉だね」
 触り続けるヴィルマにエナは苦笑した。
 おそらく以前ゼルとヴィルマが会った時も似たような会話が取沙汰されたのだろうなと思ったからだ。