腹の探りあいをするとき、大抵の人間は鉄面皮になる。若しくは演技で思考を翻弄する。
 だがこの娘はどうだ。表情をころころと変え、どこからどう見ても嘘の無い純朴な反応をする。戦いに身を投じていることの方が嘘のようだ。
 全神経で情報を得ようとしているときにこういった反応をされると逆に読みづらい。
――この娘に駆け引きは無用、というわけか。
 一歩踏み出し、手を上下に揺らして促す。
「寄越せ」
「嫌。」
 娘は更に抱え込むように、少し身を捩った。
「その書は誓約の書と対なす救済の書だ。おまえには無用の長物」
 感情豊かな娘は疑いの眼差しで睨みあげてくる。
「それ、信じろって?」
 男は肩を竦めた。信じるも信じないも娘の勝手だ。
「好きにすればいいさ。どちらにせよ、逃がすつもりもないしな。手段が多少手荒になるだけだ」
 亡霊云々を抜きにして、また別に手放せない理由が出来た。
 世界の歴史の大きな節目には、必ず七色に輝く石が登場する。変革の訪れを示唆するかのように。または、その石こそが変革を呼んでいるかのように。
 これから大きな賭けに出る自身にとって、この“印”を持つ娘の意義は大きい。
 零の鬼石を持つ、変革の娘。どんな形であれ、こちらに引き入れる必要が出てきた。
 出来れば好意的に協力してもらいたいものだが、娘は唇を引き結び、沈黙を守ったまま拳を作った。
――やはり、それが答えか。
 逃げようとしたのは、勝機が無いと思ったからに違いない。その逃げることでさえ適わなかったというのに、それでも尚膝を折らない娘に苦い感情を覚える。
「……おまえは亡霊を仲間、と言ったな。ならば、戦うのも道理――か」
 亡霊の影が己の行く手を阻むのは何も今に始まったことではない。亡霊と関わる娘もまた、障害として立ち塞がって当然だ。
「一目見たときは何故こんな小娘をと思ったが、零の鬼石の所有者とはな。亡霊もなかなか目端が利く」
 だが当の娘はどうやらその宝石が持つ意味も、その宝石を持つことの意味も知らないらしい。
「さっきからキセキがどうのって意味わかんないこと言ってるけど。それよりも!」
 鬼石には興味を示さず、娘は人差し指をその名の通り使用した。つまり、びしっ、という擬音語でも添えられる勢いで指を突き付けてきたのである。
「やめよう。その亡霊、っての」
「……」
 引っ掛かる箇所のあまりのくだらなさに男は絶句した。
 この状況下で、娘にとって沢山の疑問が転がっていると思われるなかで、着目するのがそれなのか、と。
「話はそれだけか」
 片足を引き、腰の辺りで突きの構えをとる。もう一方の手は鍔に沿えた。
 清廉な光を放つ湾曲を描いた刀身の切っ先で娘の腹に狙いを定める。
「そゆわけじゃないけど」
 どうせ何聞いても答えないくせに、と娘は不服そうに漏らす。
 拗ねた子どものようなその様子にくつりと喉が鳴る。
「ま、教える義理はねぇな」
「ならせめてその呼び方、訂正してもらう」
「……その義理こそねぇな」
 虫酸が走る提案に唾をかけてやりたい思いで吐き捨てる。
 この娘の口は開けば開くほど自身を不快にする。
 娘から話す体力を削ぐ為に狙うのは鳩尾から斜めに下った場所。内臓と内臓の間を縫って一突きするのだ。命は奪わず、心を砕き自由を奪う。
 従わせるにしろ、懐柔するにしろ、まずはそこからだ。
 そんな算段の途中、娘の双眸が微かに揺れていることに気付いたが、男は意に介さず、半歩娘ににじり寄る。
 このとき物言う目に気付かなければ、もしかしたら次の声に篭る感情も気にならなかったかもしれない。