突いて出たのは、苦笑だった。
「頭の悪い奴だな。それじゃ命がいくつあっても足りないだろう」
不器用な娘だ。易きに流されない強さを持つが故に泥臭く足掻かざるを得ず、みっともない姿を晒すことでしか生きていけない。
泥濘(ヌカルミ)を掴んででも這い上がろうとする手が、また踏みつけられることを知っていても。
不器用な人間を見ていると苛々する。だが同時に情も湧く。まるで自分を見ているようで。
自身には易きに流れる選択肢すら与えられていなかったけれど。
「……そう、かも。でも……っ足掻いてきた、から……今、生きてる」
平坦な道ではなかったのだろう。
そう考え、当然か、と府に落ちる。
賞金首に平坦な道を歩んできた者などまず居ない。
娘は目を押さえたまま上半身を起こし、背もたれに頭を預け天井を仰いだ。食いしばる歯の隙間から息を吐き呼吸を整えている。
それにあわせて芯の強そうな黄色の髪が肩の上で上下する。
目を押さえて、歯を食いしばる様はまるで泣いているように見えた。
「……それに、今は」
細く揺れる声。それでもそこには強い生命力がある。
「仲間の足手まといにも、なりたくない。あたしが従えば、あんたはジスト、傷つけるでしょう?」
出てきた名前はつい先程知ったばかりのもの。だというのに其れは深く刻まれたトラウマのように神経を過敏に刺激した。
娘は手を退け、ゆっくりと瞼を持ち上げる。
「それは絶対、厭。」
願うでも叩きつけるでもない、まるで誓いを立てるような声と共に露見した瞳は、吸い込まれそうなほど鮮やかで深みのある海色の双眸。
――?
息を呑むほど鮮烈で力を秘めた色彩に疑問が沸き起こる。
――こんな色、だったか?
青とも緑ともいえない、濃いというのに透過性もある不思議な色。光の加減か、色を捉えようとすればするほどオーロラのように揺らめいて色を俄に変える。それはまるで、彼女が持つ唯一無二の水晶のようだ。
その瞳を覗き込んでいたのは無意識だった。
覗き込んでいたことに気付いたのは、その瞳に宿る感情ががらりと変わった時だった。 驚きに瞠られたその瞳との距離の近さに息を飲み、そして娘の身に起こった変化の異常さに眉を潜める。
何がどう、と説明するのは難しい。
だが娘が今纏う雰囲気は、無邪気でも挑発的でも、好戦的なそれでもない。そればかりか、性質からしてはっきり異質であるとわかる。一言で表すならば“儚い”。
確かめるように絡み付く視線。
頬に添えるように伸ばされる手の指先が震えている。
戦慄く娘の唇がゆっくりと開く。
「生贄の子……?」
「――――っ!」
その瞬間、全身の毛穴という毛穴から噴出したのは絶対的な嫌悪感と拒否反応。
誰だ、これは。
今、自身を視ている、これは誰だ。
まるで知人と思わぬ再会を果たした者の目だ。
しかも突拍子もなく飛び出た言葉は、亡霊でさえ知らぬこと。この娘が知り得るわけがない。
「お、前……っ、何を知っている!?」
首を持ち上げ力任せに壁に押さえつける。娘は頭を強かに打ち付けて小さく呻いた。
「……っ」
「言え! 何を知っている!」
激しく追求すると、娘は頭を軽く振り、目を数度しばたかせた。
「あり、がと」
的外れのタイミングで御礼を言われ、娘の纏う空気が戻っていることに気付く。
「……なにがだ」
手を離すと、ずるりとソファーに座り込んだ娘は何度か咳き込んだあと、問いに呼応し長い睫毛の下、再び見上げてきた。その瞳は青緑と花緑青。
「頭の悪い奴だな。それじゃ命がいくつあっても足りないだろう」
不器用な娘だ。易きに流されない強さを持つが故に泥臭く足掻かざるを得ず、みっともない姿を晒すことでしか生きていけない。
泥濘(ヌカルミ)を掴んででも這い上がろうとする手が、また踏みつけられることを知っていても。
不器用な人間を見ていると苛々する。だが同時に情も湧く。まるで自分を見ているようで。
自身には易きに流れる選択肢すら与えられていなかったけれど。
「……そう、かも。でも……っ足掻いてきた、から……今、生きてる」
平坦な道ではなかったのだろう。
そう考え、当然か、と府に落ちる。
賞金首に平坦な道を歩んできた者などまず居ない。
娘は目を押さえたまま上半身を起こし、背もたれに頭を預け天井を仰いだ。食いしばる歯の隙間から息を吐き呼吸を整えている。
それにあわせて芯の強そうな黄色の髪が肩の上で上下する。
目を押さえて、歯を食いしばる様はまるで泣いているように見えた。
「……それに、今は」
細く揺れる声。それでもそこには強い生命力がある。
「仲間の足手まといにも、なりたくない。あたしが従えば、あんたはジスト、傷つけるでしょう?」
出てきた名前はつい先程知ったばかりのもの。だというのに其れは深く刻まれたトラウマのように神経を過敏に刺激した。
娘は手を退け、ゆっくりと瞼を持ち上げる。
「それは絶対、厭。」
願うでも叩きつけるでもない、まるで誓いを立てるような声と共に露見した瞳は、吸い込まれそうなほど鮮やかで深みのある海色の双眸。
――?
息を呑むほど鮮烈で力を秘めた色彩に疑問が沸き起こる。
――こんな色、だったか?
青とも緑ともいえない、濃いというのに透過性もある不思議な色。光の加減か、色を捉えようとすればするほどオーロラのように揺らめいて色を俄に変える。それはまるで、彼女が持つ唯一無二の水晶のようだ。
その瞳を覗き込んでいたのは無意識だった。
覗き込んでいたことに気付いたのは、その瞳に宿る感情ががらりと変わった時だった。 驚きに瞠られたその瞳との距離の近さに息を飲み、そして娘の身に起こった変化の異常さに眉を潜める。
何がどう、と説明するのは難しい。
だが娘が今纏う雰囲気は、無邪気でも挑発的でも、好戦的なそれでもない。そればかりか、性質からしてはっきり異質であるとわかる。一言で表すならば“儚い”。
確かめるように絡み付く視線。
頬に添えるように伸ばされる手の指先が震えている。
戦慄く娘の唇がゆっくりと開く。
「生贄の子……?」
「――――っ!」
その瞬間、全身の毛穴という毛穴から噴出したのは絶対的な嫌悪感と拒否反応。
誰だ、これは。
今、自身を視ている、これは誰だ。
まるで知人と思わぬ再会を果たした者の目だ。
しかも突拍子もなく飛び出た言葉は、亡霊でさえ知らぬこと。この娘が知り得るわけがない。
「お、前……っ、何を知っている!?」
首を持ち上げ力任せに壁に押さえつける。娘は頭を強かに打ち付けて小さく呻いた。
「……っ」
「言え! 何を知っている!」
激しく追求すると、娘は頭を軽く振り、目を数度しばたかせた。
「あり、がと」
的外れのタイミングで御礼を言われ、娘の纏う空気が戻っていることに気付く。
「……なにがだ」
手を離すと、ずるりとソファーに座り込んだ娘は何度か咳き込んだあと、問いに呼応し長い睫毛の下、再び見上げてきた。その瞳は青緑と花緑青。

