だがそれは娘が両手で掴んでいた糸に高い音と共に阻まれる。
娘の体重を支えていることから、ただの糸ではないと思っていたが、音から察するに、どうやら細くしなやかな何らかの金属であるらしい。
「今度は、あたし……だっ!」
娘は硝子片を落としたあと、空中で身体を仰け反らせたかと思うと背負い投げをするように身体を丸めた。
ぶつ、と何かが切れる音と共に辺りが少し暗くなる。
――暴れ猫め!!
舌打ちくらいでは収まらぬ苦々しい思いを奥歯で強く噛み締め、男は刀を頭上斜め上に向けて凪ぎ払った。
その瞬間、刀伝いに全身を衝撃が襲う。
娘は光る糸でどれだけの価値があるとも知れぬ大きなシャンデリアを根元から引っこ抜いて叩きつけたのだ。
幾多の音が無造作に絡まり合う、悲しくも激しい衝突音。
無数に飾られた水晶が砕け舞う。
時を止めたかのように全てが止まった――と感じたのは瞬き程の間。
次の瞬間には、凶器へと姿を変えた破片が光を乱反射させながら男を襲う。
男は命綱の隻眼を守るため眉をしかめて目を細める――べきだった。
忌々しい色の瞳であろうとも戦いの中を生き抜く為には守らねばならない。
そんなことは頭よりも身体が、本能が知っていることだ。
だがこのとき男は目を細めることができなかった。そればかりか逆に大きく開きさえした。
ぶつかり合った衝撃を吸収するために宙返りをする娘の動きと共に胸元からしゃらりと音を立てて踊り出た、其れに目が奪われたのだ。華奢な鎖の先で揺れる、透明でありながら七色に輝く世にも稀な水晶に。
「……零の鬼石(ゼロノキセキ)……!?」
溢れた声が余りに愕然としていたからか、それとも口をついて出た言葉にこそ反応したのか、娘と視線がかち合う。
「え、あ……――っ?!」
意味を成さぬ音が娘から漏れた刹那、娘の身体全てから力が抜けた。
それは本当に不自然なほど突然だった。
力の均衡が崩れ、娘はソファーへと吹っ飛んだ。
すぐまた飛び掛かってくるかと思われた娘はそのまま目を押さえて蹲(ウズクマ)る。
「く、ぅ……っ」
その大きすぎる隙で勝敗は決した。
ゆっくりと近付き、刀を向けるが娘はまだ痛みにもがいている。
「破片が刺さったか目に病でも持っているのか……なんにせよ、運が悪かったな」
身体を丸めて痛みに悶える娘に憐れみと愉悦の声をかけた。
娘は、脂汗を浮かべながら乱れた呼吸を繰り返す。
「……勝負、ま、だ……ついてない……!」
起き上がることさえままならないというのに、身を包む炎のような闘志はまだ消えない。
「悪あがきはよせ。用が済めば解放してやらんこともない」
気が済んだら、という言葉を隠したそれは、娘にとって悪くない話だったはずだ。だが肩を掴もうとした手を、娘は見えないながらも力一杯拒絶した。
「……足掻くっつの。飼い殺しも、わけもわからず利用、されるのも。……真っ平だ……!」
うつ伏せで肘をつき、ソファーから起き上がろうとしながら娘は半ば怒鳴る。
表情は髪に遮断され見えなかったが、そこに心の強さ以外の――血を吐くような切実さを垣間見た気がした。
興味とも呼べない程度であるが、ほんの少し心が引っ張られた。
亡霊という存在抜きで娘という人間を初めて意識したのだ。
娘の体重を支えていることから、ただの糸ではないと思っていたが、音から察するに、どうやら細くしなやかな何らかの金属であるらしい。
「今度は、あたし……だっ!」
娘は硝子片を落としたあと、空中で身体を仰け反らせたかと思うと背負い投げをするように身体を丸めた。
ぶつ、と何かが切れる音と共に辺りが少し暗くなる。
――暴れ猫め!!
舌打ちくらいでは収まらぬ苦々しい思いを奥歯で強く噛み締め、男は刀を頭上斜め上に向けて凪ぎ払った。
その瞬間、刀伝いに全身を衝撃が襲う。
娘は光る糸でどれだけの価値があるとも知れぬ大きなシャンデリアを根元から引っこ抜いて叩きつけたのだ。
幾多の音が無造作に絡まり合う、悲しくも激しい衝突音。
無数に飾られた水晶が砕け舞う。
時を止めたかのように全てが止まった――と感じたのは瞬き程の間。
次の瞬間には、凶器へと姿を変えた破片が光を乱反射させながら男を襲う。
男は命綱の隻眼を守るため眉をしかめて目を細める――べきだった。
忌々しい色の瞳であろうとも戦いの中を生き抜く為には守らねばならない。
そんなことは頭よりも身体が、本能が知っていることだ。
だがこのとき男は目を細めることができなかった。そればかりか逆に大きく開きさえした。
ぶつかり合った衝撃を吸収するために宙返りをする娘の動きと共に胸元からしゃらりと音を立てて踊り出た、其れに目が奪われたのだ。華奢な鎖の先で揺れる、透明でありながら七色に輝く世にも稀な水晶に。
「……零の鬼石(ゼロノキセキ)……!?」
溢れた声が余りに愕然としていたからか、それとも口をついて出た言葉にこそ反応したのか、娘と視線がかち合う。
「え、あ……――っ?!」
意味を成さぬ音が娘から漏れた刹那、娘の身体全てから力が抜けた。
それは本当に不自然なほど突然だった。
力の均衡が崩れ、娘はソファーへと吹っ飛んだ。
すぐまた飛び掛かってくるかと思われた娘はそのまま目を押さえて蹲(ウズクマ)る。
「く、ぅ……っ」
その大きすぎる隙で勝敗は決した。
ゆっくりと近付き、刀を向けるが娘はまだ痛みにもがいている。
「破片が刺さったか目に病でも持っているのか……なんにせよ、運が悪かったな」
身体を丸めて痛みに悶える娘に憐れみと愉悦の声をかけた。
娘は、脂汗を浮かべながら乱れた呼吸を繰り返す。
「……勝負、ま、だ……ついてない……!」
起き上がることさえままならないというのに、身を包む炎のような闘志はまだ消えない。
「悪あがきはよせ。用が済めば解放してやらんこともない」
気が済んだら、という言葉を隠したそれは、娘にとって悪くない話だったはずだ。だが肩を掴もうとした手を、娘は見えないながらも力一杯拒絶した。
「……足掻くっつの。飼い殺しも、わけもわからず利用、されるのも。……真っ平だ……!」
うつ伏せで肘をつき、ソファーから起き上がろうとしながら娘は半ば怒鳴る。
表情は髪に遮断され見えなかったが、そこに心の強さ以外の――血を吐くような切実さを垣間見た気がした。
興味とも呼べない程度であるが、ほんの少し心が引っ張られた。
亡霊という存在抜きで娘という人間を初めて意識したのだ。

