「この程度の傷。集中できて逆にいいくらいだ」
本音か強がりか、娘はそう言ってまた構えをとる。
足首を庇う様子は無い。
直に傷を抉りでもしたら別だが、衝撃程度で隙を期待することはできないだろう。
「さあ、勝負」
娘は挑戦的に言葉を発すると、怪我しているとはとても思えぬ強さで踏み切り飛び掛かってきた。
手にした簪が狙うのは、一つしかない目。
――成る程、性格は割とえぐい。
冷静に判断しながら、その振りかざされた左腕(サワン)を払う。
その腕を中心にぐるりと身体を宙に放り出した娘はバランスを崩したまま近くにあったスタンドテーブルに突っ込んだ。
水差しのワインがひっくり返り、彼女の右半身を濡らす。
「冷静沈着、パワーよりも若干スピードタイプ。左右の身体能力に差は無い。そしてその小太刀……」
髪からワインを滴らせる娘は、小声で分析を行いながら立ち上がり、腕を伝うワインに舌を這わせた。
「二刀流? ――上等。」
戦いに興じるその瞳が熱を帯びている。妖艶とさえとれる眼の昂りが、赤い舌と相俟って先程まで全く感じなかった色香を放つ。
獲物を誘うためのものではない。ただ獲物を喰らいたがっている。欲情――そう、その表現こそが相応しい。
「……あ。おいしい」
孕む熱とは裏腹に、明け透けにワインの感想を述べた娘が、ふと視界から消える。
壁を蹴る小気味良い音が右から聞こえる。
隻眼の自身に振り向く余裕は無い。片目で逆側を捉えるには、常人の倍の動きが必要なのだ。
刀を逆手に持ち、防御の体勢を取る。
金属が擦れる音と共に刀に重みがのし掛かる。
ようやく捉えた娘の姿は刀の上。
靴の先端から覗いた刃が刀と合わさっている。金属音がしたのは、そのせいだ。
壁にぶつけるつもりで押し戻す。
娘はその力を利用し、宙に身を踊らせると、糸のような何かを取り出し、それを天井に向かって投げつけた。
その刹那、頭上で不規則にぶつかる水晶の音。
見上げると、高い天井に吊るされたシャンデリアの内の一つが大きく揺れている。
娘は、そこにぶらさがる形で浮いていた。
娘が手にしている細く光る糸を辿っていくと、シャンデリアの根元に銛のようなものが引っ掛かっているのが見える。
それが先程まで娘の腰に巻き付いていた飾りだったと合点がいったとき、男は娘への認識を改めた。
靴の隠し刃といい、飾りベルトに見せかけた飛び道具といい、娘は得物を隠し持つのがうまい。丸腰とたかを括っていたが、まだ他にも何か隠しているかもしれない。
「雌猫がちょこまかと……」
零れた心の声に、娘は悪戯っぽく笑んだ。
「にゃーん」
――馬鹿にして!
頭に血が上る。
こちらに殺す気がないことを、娘は熟知しているのだ。
絶対的優位性を確信している娘の余裕が腹立たしい。
だが同時にその余裕をひっくり返す悦びも見いだしてしまうのが戦いに身を置く者の性。
この娘の瞳から余裕を奪い、恐怖で曇らせてやりたいという欲求が生まれる。
死ぬよりも恐ろしい恐怖で、おとなしくさせてやるのだ。
従順になれば、少しは可愛げもあろう。
そうなれば用が済んだ後も飽きるまで傍に置いてやってもいい。時々気まぐれに可愛がってやるのも悪くはない。
――それにはまず、檻の中に戻さなければ。
足元に転がった水差しを手に取り、刀の柄でそれを割るや否や鋭く尖った硝子片を投げつけた。
本音か強がりか、娘はそう言ってまた構えをとる。
足首を庇う様子は無い。
直に傷を抉りでもしたら別だが、衝撃程度で隙を期待することはできないだろう。
「さあ、勝負」
娘は挑戦的に言葉を発すると、怪我しているとはとても思えぬ強さで踏み切り飛び掛かってきた。
手にした簪が狙うのは、一つしかない目。
――成る程、性格は割とえぐい。
冷静に判断しながら、その振りかざされた左腕(サワン)を払う。
その腕を中心にぐるりと身体を宙に放り出した娘はバランスを崩したまま近くにあったスタンドテーブルに突っ込んだ。
水差しのワインがひっくり返り、彼女の右半身を濡らす。
「冷静沈着、パワーよりも若干スピードタイプ。左右の身体能力に差は無い。そしてその小太刀……」
髪からワインを滴らせる娘は、小声で分析を行いながら立ち上がり、腕を伝うワインに舌を這わせた。
「二刀流? ――上等。」
戦いに興じるその瞳が熱を帯びている。妖艶とさえとれる眼の昂りが、赤い舌と相俟って先程まで全く感じなかった色香を放つ。
獲物を誘うためのものではない。ただ獲物を喰らいたがっている。欲情――そう、その表現こそが相応しい。
「……あ。おいしい」
孕む熱とは裏腹に、明け透けにワインの感想を述べた娘が、ふと視界から消える。
壁を蹴る小気味良い音が右から聞こえる。
隻眼の自身に振り向く余裕は無い。片目で逆側を捉えるには、常人の倍の動きが必要なのだ。
刀を逆手に持ち、防御の体勢を取る。
金属が擦れる音と共に刀に重みがのし掛かる。
ようやく捉えた娘の姿は刀の上。
靴の先端から覗いた刃が刀と合わさっている。金属音がしたのは、そのせいだ。
壁にぶつけるつもりで押し戻す。
娘はその力を利用し、宙に身を踊らせると、糸のような何かを取り出し、それを天井に向かって投げつけた。
その刹那、頭上で不規則にぶつかる水晶の音。
見上げると、高い天井に吊るされたシャンデリアの内の一つが大きく揺れている。
娘は、そこにぶらさがる形で浮いていた。
娘が手にしている細く光る糸を辿っていくと、シャンデリアの根元に銛のようなものが引っ掛かっているのが見える。
それが先程まで娘の腰に巻き付いていた飾りだったと合点がいったとき、男は娘への認識を改めた。
靴の隠し刃といい、飾りベルトに見せかけた飛び道具といい、娘は得物を隠し持つのがうまい。丸腰とたかを括っていたが、まだ他にも何か隠しているかもしれない。
「雌猫がちょこまかと……」
零れた心の声に、娘は悪戯っぽく笑んだ。
「にゃーん」
――馬鹿にして!
頭に血が上る。
こちらに殺す気がないことを、娘は熟知しているのだ。
絶対的優位性を確信している娘の余裕が腹立たしい。
だが同時にその余裕をひっくり返す悦びも見いだしてしまうのが戦いに身を置く者の性。
この娘の瞳から余裕を奪い、恐怖で曇らせてやりたいという欲求が生まれる。
死ぬよりも恐ろしい恐怖で、おとなしくさせてやるのだ。
従順になれば、少しは可愛げもあろう。
そうなれば用が済んだ後も飽きるまで傍に置いてやってもいい。時々気まぐれに可愛がってやるのも悪くはない。
――それにはまず、檻の中に戻さなければ。
足元に転がった水差しを手に取り、刀の柄でそれを割るや否や鋭く尖った硝子片を投げつけた。

