緋色の暗殺者 The Best BondS-4

 どうやらこの娘、ただ単に工芸品の知識に明るいというわけでは無いらしい。
 娘は何かに思い当たったように息を呑んだ。
 蒼の色彩が強い方の目が少し細められる。
「そうか、道理で……」
 娘の声色が変わる。少し低く、力強い其れへと。
 その変化に、小指がぴくりと動いた。
 身体が警戒しているのだ。こんな小娘を。
「獲物横取りした奴、捜してたんだ」
 声の変化に伴い眼差しも、その身に纏う空気までもが変わる。
「あんたが――闇の王。」
 先程迄とは、まるで別人の形相で娘は自身をそう断定した。
 横取りしたか否かは与(アズカ)り知るところではないが、何度かそう名乗ったのは事実。
「皮肉なもんだ。こんな形で作用するとはな」
 亡霊を捜していたというのに、亡霊が擁する者に捜されていたとは全くおかしな話だ。
「御託はいい。召喚笛(ソレ)、渡してもらう」
 険呑な光を目に、娘は手首の甲を唇に滑らせた。
 真っ赤な口紅が横に伸びる。
 それを舌で舐めとり、娘は勝ち気に笑んだ。
 娘が放つ戦意が肌をぴりぴりと刺激する。
 男は悟った。先程まで娘が無防備で居たのは、それは。危機感が無いのではなく、娘にとって敵に価(アタイ)していなかったからなのだ、と。
 こうして闘志を剥き出しにして立つ娘は脅威とはならないまでも、確かに一筋縄ではいかなそうだ。
「ふん、単なる捨て駒というわけでもないのか」
 小箱を懐に仕舞い、男は刀の柄に触れる。
「まあいい。躾は嫌いじゃない」
 娘が負けじと簪を握る手に力を込めた。
「生憎、躾られるほど育ち、良くなくて」
 生意気に笑む娘は既に刀の間合いの中にいる。
 全ては自身の掌の上だからこそ娘が放つなかなかの気迫を、男は心地好いと感じた。
 爛々とした色彩の異なる瞳はまるで獣さながらで、その獰猛な眼差しに狩人にでもなったかのような錯覚を覚え昂る。
 だが自身は決して少女の首が欲しいわけではない。
 そうである以上、ある程度の力加減が必要だ。大事な手掛かりをうっかり殺してしまっては元も子もない。
――さて、どう生け捕る。
 こんな時でさえなければ、それは楽しい遊びとなったかもしれない。
 この手合いはどれ程身体を痛めつけようとも心を捩じ伏せない限り立ち上がろうとする。
 そういう往生際の悪い存在は嫌いではない。しぶとい方が遊び甲斐がある。
 だが残念なことに、今は遊びに興じている時間はない。
――手っ取り早く、心を折ってやろう。
 男は小さく息を吸い込んだ。と同時に娘の膝に力が入る。引いている方の足の踵が浮いた。――素早い、良い反応だ。
 床に刺していた刀を抜き様に娘に向けて薙ぎ払う。
 その時既に娘は後方へと跳躍していた。
 逃がすまいと一歩踏み込み、再び娘を間合いに捕らえて手首を返し下から上に刃を滑らせる。
「のぅぁっ」
 声を発し上体を反って紙一重で躱した娘はそのまま宙返りをして片膝で着地する。
 その着地点に更に繰り出した一撃を娘は片腕を軸に反転することでなんなく躱してみせた。その身の熟(コナ)しは、しなやかで無駄がなく、そして速い。
 次に娘が着地したのは間合いの二歩外。
 お互いの動きが止まる。
 娘は手首を回しながら勝ち気な表情そのままに声を上げて笑った。
「ははっ! ……速いね。準備運動、してて良かった」
 足首に滲む血が‘準備運動’の激しさを物語っていた。身体は温まっているかもしれないが、体力は消耗しているはずだ。
「手負いの獣にしては、よく動く……」
 それは率直な感想だった。傷がなくともこうまで動ける人材はそう多くない。