亡霊から何も聞かされていないのが本当だとして、自身も何一つ彼女の望む答えを与えた覚えはない。
だというのに娘はこの短い時間の中で何かしらの情報を引き出し答えまで辿り着いたのだ。
質問を投げてきた時の探るような光はもう娘の何処を探しても見つからない。
相手の瞳に思考を翻弄されていると、娘は興味を失ったように目を逸らし、その真っ直ぐな髪を揺らし扉へと爪先を向けた。
「……何の真似だ」
扉に向かって歩き出した娘に、刀を抜き、進行方向を阻むように突き付ける。
「何、って。帰るんだけど?」
娘は事もなげに答えた。
清々しいほどに現状を把握する能力が無い娘に嘲笑が込み上げる。
「帰る、だと?」
馬鹿馬鹿しい。
一笑し、現状をわからせてやるかと細い首元に刃を寄せるが、彼女は表情一つ変えずに頷く。
刃が見えていないのではないかと疑ってしまう。
「うん。あんたはあいつのこと、好きじゃない。それ、わかったから」
だからとりあえずもういいのだと娘は言った。
答えを知る目だと思ったのは勘違いか。単純で素朴な結論は、ただ全てを後回しにしただけだ。
「何か思い違いをしているようだな。お前は買われたんだ。帰る場所は此処以外に無いはずだが?」
娘はようやく刃の切っ先に目を遣ったかと思うと、鼻を鳴らした。
「そんなこと、あたしは認めてない」
「奴隷に決定権などない」
ちらりと一瞥する娘のその瞳は鬱陶しそうではあったが、それでもやはり敵愾心は浮かんでいない。
刀を突き付けられて尚、娘はまだセスや自分を害為す者として認識していないのだ。
それ故か、娘の瞳は純然たる心そのものを映し出している。無防備というわけではない。だというのに無垢だ。無垢で澱み一つ無い、ただ真実だけを語る瞳だ。
「決定権を持たない人間なんて、居ない」
威圧でも強い意志が宿ったものでも無い。
まるで人が意識せず呼吸をするのと同じ様に彼女はその言葉を吐息に乗せ、刀を指の腹で摘んで押しのけた。
なんと往生際の悪い生き物か。
自身が認めたものばかりで成り立つほど世の中は甘くないというのに。
男が舌打ちを鳴らすのと、セスが声に出して笑うのは同時だった。
「これはいい。あれだけの対価を支払った男相手につれない女だ」
振り返ると、にやつく口元を隠すように顎を摩るセスの姿が目に入る。
「茶々を入れるな」
「勿論だとも。それはお前が買ったものだ。私に口の挟む余地は無い」
そう言いながらもセスは喉を鳴らし続ける。
「……くどいぞ」
「いや、これは失礼」
笑いを引っ込めたセスはわざとらしく咳ばらいをして、首回りにあしらったスカーフを締め直した。
「私は最後の仕上げが残っている。利益主義御曹子との契約もあることだしな。名残惜しいがこの場は任せよう」
そのまま立ち去ろうとするセスに、男は片眉を上げた。
この場を任されるのは構わない――否、寧ろ願ってもないことだが、男の中に一抹の懸念が生まれる。
「待て。先に肝心の取引を終えておきたい」
一度離れると次があるとは限らない。それはこの世界に生きるどんな人間にも共通していることだ。
だというのに娘はこの短い時間の中で何かしらの情報を引き出し答えまで辿り着いたのだ。
質問を投げてきた時の探るような光はもう娘の何処を探しても見つからない。
相手の瞳に思考を翻弄されていると、娘は興味を失ったように目を逸らし、その真っ直ぐな髪を揺らし扉へと爪先を向けた。
「……何の真似だ」
扉に向かって歩き出した娘に、刀を抜き、進行方向を阻むように突き付ける。
「何、って。帰るんだけど?」
娘は事もなげに答えた。
清々しいほどに現状を把握する能力が無い娘に嘲笑が込み上げる。
「帰る、だと?」
馬鹿馬鹿しい。
一笑し、現状をわからせてやるかと細い首元に刃を寄せるが、彼女は表情一つ変えずに頷く。
刃が見えていないのではないかと疑ってしまう。
「うん。あんたはあいつのこと、好きじゃない。それ、わかったから」
だからとりあえずもういいのだと娘は言った。
答えを知る目だと思ったのは勘違いか。単純で素朴な結論は、ただ全てを後回しにしただけだ。
「何か思い違いをしているようだな。お前は買われたんだ。帰る場所は此処以外に無いはずだが?」
娘はようやく刃の切っ先に目を遣ったかと思うと、鼻を鳴らした。
「そんなこと、あたしは認めてない」
「奴隷に決定権などない」
ちらりと一瞥する娘のその瞳は鬱陶しそうではあったが、それでもやはり敵愾心は浮かんでいない。
刀を突き付けられて尚、娘はまだセスや自分を害為す者として認識していないのだ。
それ故か、娘の瞳は純然たる心そのものを映し出している。無防備というわけではない。だというのに無垢だ。無垢で澱み一つ無い、ただ真実だけを語る瞳だ。
「決定権を持たない人間なんて、居ない」
威圧でも強い意志が宿ったものでも無い。
まるで人が意識せず呼吸をするのと同じ様に彼女はその言葉を吐息に乗せ、刀を指の腹で摘んで押しのけた。
なんと往生際の悪い生き物か。
自身が認めたものばかりで成り立つほど世の中は甘くないというのに。
男が舌打ちを鳴らすのと、セスが声に出して笑うのは同時だった。
「これはいい。あれだけの対価を支払った男相手につれない女だ」
振り返ると、にやつく口元を隠すように顎を摩るセスの姿が目に入る。
「茶々を入れるな」
「勿論だとも。それはお前が買ったものだ。私に口の挟む余地は無い」
そう言いながらもセスは喉を鳴らし続ける。
「……くどいぞ」
「いや、これは失礼」
笑いを引っ込めたセスはわざとらしく咳ばらいをして、首回りにあしらったスカーフを締め直した。
「私は最後の仕上げが残っている。利益主義御曹子との契約もあることだしな。名残惜しいがこの場は任せよう」
そのまま立ち去ろうとするセスに、男は片眉を上げた。
この場を任されるのは構わない――否、寧ろ願ってもないことだが、男の中に一抹の懸念が生まれる。
「待て。先に肝心の取引を終えておきたい」
一度離れると次があるとは限らない。それはこの世界に生きるどんな人間にも共通していることだ。

