「武器なら、ある」
髪を留めていた簪(カンザシ)を引き抜いて娘は言う。
浅い檸檬色の髪が露出した肩に散らばる。
「どうだ」
自信満々に簪を指でくるくると回し、彼女は片足を引いて構えの形を取った。口許を彩る笑みに虚勢は無い。
だが五寸程しかない武器でどうしようというのか。しかもそれは鉄ですらない。柔らかい銀製なのだ。
滲ませる自信が嘘でないとしたら、そんな簪一本でどうにかできると思っている彼女は余程の阿呆だ。
――こんな、小娘が……。
亡霊に通じる――パンドラの箱を開ける、ただ一つの鍵なのか。
目を爛々とさせて今にもじゃれつこうとする猫のような娘を男は凝視した。
病的とはまた違うが、それにしても痩せ過ぎている肢体。
作りそのものが悪いわけではないが、目ばかりが大きくて他の顔の部分とも身体とも釣り合いが取れていないその造作。
少年に見紛う身体つきとは別に、滲み出る色気も皆無だ。
この娘と亡霊の間柄がまるで想像つかないのだが、おそらく恋人ではないだろう。
勿論好みの問題もあるのだろうが、これを恋人に選ぶなど趣味が悪すぎるというものだし、目の前の娘には男を知った女が持つ独特の甘さのようなものが無いのだ。
だが、だからといって召し使いの類とも思えない。
大きすぎる目に宿る気と我の強さは、召し使いにはおよそ相応しくない。
しかも、なかなかの額の札付きときている。大人しく従うタイプでないことは明白だ。
――亡霊の手駒か?
威勢が良いといえば聞こえはいいが、自分の置かれた状況も力量差も把握出来ない未熟者では、手駒の中でも捨て駒くらいにしかならないが。
――何故亡霊は、こんな【物】を傍に置く……?
身に纏う空気は意図せずきついものになっていたらしい。
セスが背後で忍び笑いを漏らした。
「おい娘。そう威嚇するな。この男を刺激されると私が困るのだよ」
肩に手を置いて笑うセスは困るどころか楽しそうだ。完全に他人事だと割り切っているからだろう。それならば口出ししてこなければいいのに端迷惑な野次馬根性だ、と男は思う。
「威嚇したつもり、ないけど。まあいいか。刺激、しない代わりに一つ、聞きたい」
独特の間で話す娘は、その存在自体が男にとって既に刺激であるとも知らずそう言い置いて、更に爆弾並の衝撃を投下した。
「ジストと、どういう関係?」
はっきりと紡がれた固有名詞。
ざわり、と身体が粟立った。
色の異なる双眸は、セスではなく自分だけを捉えている。
「ジスト? それが例の人物の名か?」
好奇心を出すセスの声を片手で制する。黙ってもらわねば、斬りつけてしまいそうだった。
「……おまえこそ、何を知っている? 亡霊は、何処まで話した?」
娘は関係性を問うた。
関係の有無ではなく、だ。
それは自分と亡霊が繋がっているという確証を抱いているからに他ならない。
だが娘は「亡霊、ね」と呟いたあと首を横に振った。
「ジストは言わない。……何も」
その臥せた瞼に浅くはない情を見出だし、それ故に亡霊と娘の間柄が更に読めなくなる。
亡霊にとってこの娘が弱みにもなりえるのか否か――その見極めが難しい。
「あいつはきっと聞いたって答えない。だからあたしが知ってること。それが真実か、確かめに来た。この、目で」
そう言って開かれた目に、違和感。
娘は問いを投げ掛けてきたはずだ。
真実を確かめに来たのだ、とも言った。
――では何故、こいつは答えを求めていないんだ。
娘の目は、既に答えを知っているようだった。
髪を留めていた簪(カンザシ)を引き抜いて娘は言う。
浅い檸檬色の髪が露出した肩に散らばる。
「どうだ」
自信満々に簪を指でくるくると回し、彼女は片足を引いて構えの形を取った。口許を彩る笑みに虚勢は無い。
だが五寸程しかない武器でどうしようというのか。しかもそれは鉄ですらない。柔らかい銀製なのだ。
滲ませる自信が嘘でないとしたら、そんな簪一本でどうにかできると思っている彼女は余程の阿呆だ。
――こんな、小娘が……。
亡霊に通じる――パンドラの箱を開ける、ただ一つの鍵なのか。
目を爛々とさせて今にもじゃれつこうとする猫のような娘を男は凝視した。
病的とはまた違うが、それにしても痩せ過ぎている肢体。
作りそのものが悪いわけではないが、目ばかりが大きくて他の顔の部分とも身体とも釣り合いが取れていないその造作。
少年に見紛う身体つきとは別に、滲み出る色気も皆無だ。
この娘と亡霊の間柄がまるで想像つかないのだが、おそらく恋人ではないだろう。
勿論好みの問題もあるのだろうが、これを恋人に選ぶなど趣味が悪すぎるというものだし、目の前の娘には男を知った女が持つ独特の甘さのようなものが無いのだ。
だが、だからといって召し使いの類とも思えない。
大きすぎる目に宿る気と我の強さは、召し使いにはおよそ相応しくない。
しかも、なかなかの額の札付きときている。大人しく従うタイプでないことは明白だ。
――亡霊の手駒か?
威勢が良いといえば聞こえはいいが、自分の置かれた状況も力量差も把握出来ない未熟者では、手駒の中でも捨て駒くらいにしかならないが。
――何故亡霊は、こんな【物】を傍に置く……?
身に纏う空気は意図せずきついものになっていたらしい。
セスが背後で忍び笑いを漏らした。
「おい娘。そう威嚇するな。この男を刺激されると私が困るのだよ」
肩に手を置いて笑うセスは困るどころか楽しそうだ。完全に他人事だと割り切っているからだろう。それならば口出ししてこなければいいのに端迷惑な野次馬根性だ、と男は思う。
「威嚇したつもり、ないけど。まあいいか。刺激、しない代わりに一つ、聞きたい」
独特の間で話す娘は、その存在自体が男にとって既に刺激であるとも知らずそう言い置いて、更に爆弾並の衝撃を投下した。
「ジストと、どういう関係?」
はっきりと紡がれた固有名詞。
ざわり、と身体が粟立った。
色の異なる双眸は、セスではなく自分だけを捉えている。
「ジスト? それが例の人物の名か?」
好奇心を出すセスの声を片手で制する。黙ってもらわねば、斬りつけてしまいそうだった。
「……おまえこそ、何を知っている? 亡霊は、何処まで話した?」
娘は関係性を問うた。
関係の有無ではなく、だ。
それは自分と亡霊が繋がっているという確証を抱いているからに他ならない。
だが娘は「亡霊、ね」と呟いたあと首を横に振った。
「ジストは言わない。……何も」
その臥せた瞼に浅くはない情を見出だし、それ故に亡霊と娘の間柄が更に読めなくなる。
亡霊にとってこの娘が弱みにもなりえるのか否か――その見極めが難しい。
「あいつはきっと聞いたって答えない。だからあたしが知ってること。それが真実か、確かめに来た。この、目で」
そう言って開かれた目に、違和感。
娘は問いを投げ掛けてきたはずだ。
真実を確かめに来たのだ、とも言った。
――では何故、こいつは答えを求めていないんだ。
娘の目は、既に答えを知っているようだった。

