不思議なことに、エナが一か八かの賭けに出たのだとは思わなかった。
出会った頃なら、歩の悪い賭けだと一笑に付していただろう。
そう思わなかった自身の在り様がリゼには衝撃的だった。
一度は敵対した彼女からの信頼を、自身が一片も疑っていないのだと思い至ってしまっては、顔をしかめずにいられなかった。
いつの間にか浸蝕されていたのだ。しかも、どうやら自身はその真っ直ぐに向けられる信頼を満更ではないと思っているらしい。
そして結局、否応なく選ばされたのだ。
思えば、生来期待されればされるほど応える傾向にある真面目な性(タチ)であった。
増す期待に勝手に重圧を感じ、勝手にその重圧に耐え切れなくなって捻くれたとしても、元々生まれ持った性格というのは簡単には変わらない。
エナはそこを的確に突いてきた。
おそらく意図的に突いたのではないのだろう。どうも彼女は見えているものをただ捉えているだけで、見抜こうとしているわけではないようなのだ。
けれどあの事実だけを捉えようとする眼差しに一度晒されたことがあればわかる。
心の内、細胞ひとつひとつまで暴かれるようなあの感覚は、凶器を突き付けられるのと大差ない。
そうして彼女は見抜こうと意図するまでもなく膨大な量の“見えたもの”を感覚で処理する。
ひた隠しにしてきた性格だろうが、自覚さえしていなかった感情の一部だろうが、彼女はごく自然に感じ取ってしまうのだ。厄介なことこの上ない。
そして彼女は常に一歩も二歩も先を行く気遣いをする。
鈍いゼルが気付かないのも道理だ。
「じゃあアイツは……エナは別に記憶トばしたわけじゃねンだな?」
「当たり前です。記憶を失っていれば、もっと取り乱すか、もっと無垢です」
あれほど雄弁に意思を語る挑戦的な瞳の記憶喪失者など居るものか。
第一それ以前に“深紅”に反応した彼女を見れば一目瞭然だ。
「そっか……なら、よかった……」
目尻を緩ませてほっと息をついたゼルは、そのまま考え込むような仕種をした。
「でもなんで、アイツ知らないふりなんか……」
「……剣士になりたいと言っていましたね?」
オークションでの問答からもゼルの答えはわかりきっていたから返事を待たずに告げる。
なんの助言も無しにゼルが答えへと辿り着くのを待っていたら、季節が変わってしまう。
「せいぜい、彼女の回転の速い頭に感謝するんですね」
彼女が何を何処まで考えて行動しているのか、彼は知るべきだ。仲間として共に在るのならば特に。
だがそれを簡単に与えたりはしない。教えてやる義理がない。
「だ、から、どういうこったって聞いて……」
「横着しないでください。知るという結果は同じでも、与えられたものと導き出したものとでは雲泥の差です、応用がきかない」
急な難問の出題と、更に彼には馴染みが薄い慣用句を使うことで完全にゼルの怒りが削がれたことを確認してリゼは人好きのする笑顔を浮かべた。
「さて、問題はこれからです。貴方はエナさんを奪還して逃げなければなりません。ああ、これは結果としてそうなればいいのであって、事実じゃなくてもいいのですが」
ゼルはまだ聞きたそうにしていたが、これからの話になった途端顔を引き締めた。
出会った頃なら、歩の悪い賭けだと一笑に付していただろう。
そう思わなかった自身の在り様がリゼには衝撃的だった。
一度は敵対した彼女からの信頼を、自身が一片も疑っていないのだと思い至ってしまっては、顔をしかめずにいられなかった。
いつの間にか浸蝕されていたのだ。しかも、どうやら自身はその真っ直ぐに向けられる信頼を満更ではないと思っているらしい。
そして結局、否応なく選ばされたのだ。
思えば、生来期待されればされるほど応える傾向にある真面目な性(タチ)であった。
増す期待に勝手に重圧を感じ、勝手にその重圧に耐え切れなくなって捻くれたとしても、元々生まれ持った性格というのは簡単には変わらない。
エナはそこを的確に突いてきた。
おそらく意図的に突いたのではないのだろう。どうも彼女は見えているものをただ捉えているだけで、見抜こうとしているわけではないようなのだ。
けれどあの事実だけを捉えようとする眼差しに一度晒されたことがあればわかる。
心の内、細胞ひとつひとつまで暴かれるようなあの感覚は、凶器を突き付けられるのと大差ない。
そうして彼女は見抜こうと意図するまでもなく膨大な量の“見えたもの”を感覚で処理する。
ひた隠しにしてきた性格だろうが、自覚さえしていなかった感情の一部だろうが、彼女はごく自然に感じ取ってしまうのだ。厄介なことこの上ない。
そして彼女は常に一歩も二歩も先を行く気遣いをする。
鈍いゼルが気付かないのも道理だ。
「じゃあアイツは……エナは別に記憶トばしたわけじゃねンだな?」
「当たり前です。記憶を失っていれば、もっと取り乱すか、もっと無垢です」
あれほど雄弁に意思を語る挑戦的な瞳の記憶喪失者など居るものか。
第一それ以前に“深紅”に反応した彼女を見れば一目瞭然だ。
「そっか……なら、よかった……」
目尻を緩ませてほっと息をついたゼルは、そのまま考え込むような仕種をした。
「でもなんで、アイツ知らないふりなんか……」
「……剣士になりたいと言っていましたね?」
オークションでの問答からもゼルの答えはわかりきっていたから返事を待たずに告げる。
なんの助言も無しにゼルが答えへと辿り着くのを待っていたら、季節が変わってしまう。
「せいぜい、彼女の回転の速い頭に感謝するんですね」
彼女が何を何処まで考えて行動しているのか、彼は知るべきだ。仲間として共に在るのならば特に。
だがそれを簡単に与えたりはしない。教えてやる義理がない。
「だ、から、どういうこったって聞いて……」
「横着しないでください。知るという結果は同じでも、与えられたものと導き出したものとでは雲泥の差です、応用がきかない」
急な難問の出題と、更に彼には馴染みが薄い慣用句を使うことで完全にゼルの怒りが削がれたことを確認してリゼは人好きのする笑顔を浮かべた。
「さて、問題はこれからです。貴方はエナさんを奪還して逃げなければなりません。ああ、これは結果としてそうなればいいのであって、事実じゃなくてもいいのですが」
ゼルはまだ聞きたそうにしていたが、これからの話になった途端顔を引き締めた。

