だがゼルは頓着しなかった。
 それ程に、この現状は耐え難かったのだ。
「嫌なんだよ! 大事なヤツを手の届かないところで永遠に失うのは! もう懲り懲りだ!」
 心に深く遺された傷がじくじくと痛む。
 知りもしないところで奪われた命。
 たかが半年やそこらでは瘡蓋にさえならない。
「失うことになるのなら、せめて目の前で……せめて全力を尽くしたあとでだ、って! そう決めたンだ!」
 故郷に戻り、弔いをした日の夜、心に誓った。
「今度こそ、オレが守る!」
――だから、目を離したりしないのだ。
 何ひとつ守れずに、何が剣士か。
「あんな……色味が同じだけのヤツに渡してたまるか!」
 深紅を睨みつけ本音が口を突いて出たとき、変化は起こった。
 降り注いだ硝子片か、そこから流れこんだ空気の変化か、はたまたゼルの強い声ゆえか、今まで身じろぎひとつしなかったエナが、ゆっくりとその身を起こしたのである。
 状況が飲み込めない様子でエナは自身から落ちた硝子片に触れ、緩慢な動きで来賓席を見上げる。
 焦点の定まらない色素の異なる瞳が、覗き込むゼルを捉えた。
「……此処……?」
 彼女は立ち上がろうとした。だがすぐに跪づく。
「いっ、た」
 小さく呻いて顔を顰めこめかみを押さえるエナに、見落としていた外傷があったのかもしれない、とゼルは慌てて声をかけた。
「大丈夫か!?」
 痛みは一瞬だけだったようで、エナはゼルの声に再度顔を上げたが、答えることなく周囲を見回した。
 その視線が止まった場所を悟ったとき、ゼルの心はざわりと揺れた。
 エナの双眸は、深紅の男を見据えていたのだ。
「――――……っ」
 エナは何かを口にしようとした。
「ソイツはアイツじゃねェ!」
 エナの喉が音を発する前にゼルは口を挟んだ。
 邪魔を――したのだ。
「エナ! 来い!」
 剣を床に突き刺し、身を乗り出して手を差し延べる。
 今、はっきりと理解した。
 考えるのはあまり得意な方ではない。
 だから剣士になるという結論以外をうやむやにしてきた。
 考えて何かに躓いてしまったら、無視して進むことが出来なくなるからだ。
 そこにどうしようもない願いを見つけてしまったらどうすればいいのか。
 昇華しようのない矛盾に気付いてしまったら、解決しようのない迷いを抱えてしまったら。