「結局、力ずくですか。馬鹿の一つ覚えですね」
「そういうアンタは結局、金に媚びンのかよ」
 互いの間に流れる空気が緊張を帯びる。
「……自分が何をしているのか、わかっているのですか」
「何十人、何百人を相手にすることになンだろ。アンタも含めて、な」
 一生分の労働力を差し出す気でいたのだ。
 ならば此処で一生分暴れてやろう。
 ふ、と笑いが漏れる。
――知らねェ間に随分アイツに感化されてたンだな。
 力の加減を知らず、いつでも全力でぶつかる姿を見てきたせいで、すっかり向こう見ずになってしまったようだ。
 その証拠に、こんな状況に立たされていても出来ることが残されているというだけで気分は高ぶる。
「アンタが金と手を組むってならそれでいい。けどよ、命が惜しいなら邪魔すンなよな」
 ゼルはリゼから剣を遠ざけて構えなおす。
「せっかくの機会(チャンス)。オレは逃せねェ!」
 意志を込めて声高々に言い放つ。
 エナはすぐそこに居るのだ。
 譲れない、失えない、この気持ちには抗えない。
 その感情のまま、ゼルは剣を振るった。
 声は聞こえないものの、他の貴族達が取り乱すのがわかった。
 護衛の後ろに回り込む者、指を指して何かを怒鳴っている者。椅子から転げ落ちる者。
 その中で唯一身じろぎしなかったのは紅の男が守る貴族。
 足を組んだまま笑みさえ浮かべてことの成り行きを見守っている。
 完全なる傍観者を気取れるのは、彼が護衛に絶対的信頼を置いてるが故か。
「やめなさい!」
 リゼの声が鋭く飛んだ。
 勿論ゼルにその気は無い。
 一言で思い留まれるような中途半端な覚悟しか持てないのなら、端から剣など抜いていない。
 鉄さえも斬る類い稀なる剣が虚像を投影していたレンズもろとも円柱の硝子を砕く。
 高く繊細な音が乱雑に響く。
「てめェも、いつまでも寝てンじゃねェよ!」
 粉々に砕けた硝子が、電光を浴びてきらきらと輝きながら落ちていく。
「起きろ――エナ!」
 言霊を込めて名を強く呼ぶ。
 いつか夢に囚われていた自分に彼女がしてくれたように。
 今度はこの声が彼女と現を繋ぐ楔になるように、と。
「やめなさい、と! 言っているでしょう!?」
 剣先を素手で掴んでリゼが怒鳴る。
「退け!」
「――っつ!」
 振り払うように力任せに押し退ける。
 ぽたりとリゼの手から赤い液体が滴った。