緋色の暗殺者 The Best BondS-4

 年末のプレタミューズはとにかく人が多い。
 年を挟んで前後三日間、精霊祭という一年で一番大きなイベントが催されているからだ。
 入場を許された一握りの人たち全てが集まってきていると言っても過言では無いだろう。
 余所見ばかりして逸れそうなゼルを牽引しつつ、わいのわいのと騒ぎながらリゼが予約しておいてくれたホテルに向かう途中。
 時計塔など目もくれないエナが目を輝かせたのは、豪華絢爛な建物の前を通りかかった時だった。
「あっ!」
 表情の変わり具合の割には小さく叫んだエナを「おや」と思った面々は、素知らぬ振りをして、それを横目で見るだけに留める。
 するとエナは三人の様子をちらちらと窺い、そして。
 抜き足、差し足、忍び足。
 先ほどのゼル宜しく一人ふらふらと――但し、故意に――輪を抜けようとしたエナの首根っこを掴んだのはジストだ。
「エナちゃんは迷子になっちゃ駄ぁ目」
 エナは豪華な建物に向かって手を伸ばした。
「あぁぁああカジノぉぉ……」
 ずるずると引き摺られながらエナはなんとも情けない声を出す。
 エナはとにかく運が強い。
 賭け事と名のつくもので負けた記憶がほとんど無いエナがカジノに行きたがるのも当然だ。
 エナにとってカジノとは、金が降って湧いてくる場所なのであるから。
「こういう場所のカジノはね、イカサマでもしなきゃ勝てないの」
 何でもかんでもすぐ目に出るエナちゃんには無理無理、というジストの手を振り払いエナは彼を睨み付けた。
 そこには怒りではなく、単に拗ねただけの表情。
「イカサマくらい出来るもん」
「それはそれで駄目でしょ」
 実際にカジノに入ればさらりとイカサマをするに違いないジストは、それでもエナを牽制した。
 エナが何か行動を起こすと、そこには必ずトラブルがついて回るのだ。
 カジノでイカサマなどしようものなら、おそらくバレてとんでもない事態になる。
「それにほら、アルタイル座に挨拶行きたいんでしょ?」
 ジストはエナの心の機微をよく心得ている。
 エナの関心を逸らす方法を知っているのだ。
 そうやってうまく操られていると気付きながらも、エナの心は確かに動いた。