小さなあくび。


「最初に会った時ね、この人苦手!ってすごい思ったの。」


なんとなく気付いていたことを、やんわりと伝えられたのは付き合う少し前。
このとき俺は、特に何のショックも受けなかった。
きっと事実を伝えられ、それを冷静にさも当たり前のように受け止めた。



「思ってることに感情がともなってない気がしたんだよね。
だけど、それって人見知りの裏返しかなって思ったら…すごく可愛い人だな、って。」


「ふーん。」


付き合う少し前、俺の誕生日を祝いに食事に誘われた時、いつもはあまり飲まない酒で頬っぺたがピンク色に染まった芙美子は、ペラペラといろいろなことを話してくれた。


一つ一つの言葉を丁寧すぎるほど丁寧に発する芙美子には珍しく、軽やかな言葉たち。



その中の一つが、俺の胸に刺さった。



「だからね、
もし、昴くんに悩み事があったら、その悩み事に決着がつくまで、おばあちゃんになっても待っててあげられるなーって。
昴くんの一個一個の感情を、ゆっくり隣で読み取って、解読して応援してあげたいなぁって思ったんだ。」




優しくて、暖かくて、恥ずかしいようなくすぐったいような。
初めて、この人の笑顔が愛しいと思った。

可愛いや綺麗じゃなく、
初めて、笹以外の女に「愛しい」と感じることができた。







なのに、そんな女を前に3年後の今、彼女の顔を心を歪ませることしかできていなかったんだ。







「やだなぁ。。泣きたくなんか、ないのに。かっこわるいねぇ、ごめんね。」


俺の前だと、一つしか変わらないくせに、大人ぶる芙美子。





「芙美子のそういうとこ、嫌い」

「っ?!」





彼女の目に溜まった涙たちは、ダムが崩壊したように溢れ出した。
そう、泣くなら、思いっきり泣けばいい。素直に俺に全部を見せてくれよ。





「頼りに、なんねーけどさ、俺だって、芙美子のこと支えたいんだよ。

ぜんぜん余裕ないし、自己中だけど、それでも芙美子と一緒になるって決めたんだから。お前だけに無理させたくない。


ぜんぶ、、教えてほしい。
俺、鈍いとこあるし、自分勝手だし、平気で嘘つけるけど、、芙美子の前では素直でいたいし、芙美子を支えたい。
だから芙美子も泣くときは思いっきり、俺の前で泣いてくれよ。」


お願いだから。
溜め込んだり、無理したりすんなよ。




「昴、ちゃん。」



お気に入りのワイシャツが、芙美子の涙で湿っていく。
これでいい。
これがいい。
俺が選んだのは芙美子で、幸せにしたいのも芙美子なんだから。