ファイナは知識に貪欲だった。


「すごいわね、ファイナ。でも、趣味の範囲にしておきなさい。あなたは侯爵家の令嬢なのよ?やがて相応のお家に嫁ぐのが運命なの」


そういって姉は公爵家に嫁いでいった。
姉が嫁いだのは十五の時。
なかなか実家には帰ってこないが、たまに送られてくる手紙からは、うまくやっているのがわかる。


「お姉様はすごいなあ。こんな難しい本や、全然わからない文字も読めるんだ。僕はお姉様の方が家を継ぐのもいいと思うなあ」


弟のウィルヘルムは、まだ十一。
男の結婚は法律で十六以降とされているから、彼が家を継ぐのはまだ先だ。

ウィルヘルムは母親似のブロンドの髪に、女性的な容姿をしている。性格もおっとりしていて、狩猟が好きな父にはあまり付き合わず、屋敷に呼ばれている家庭教師について音楽を学んでいる時が一番楽しそうである。
しかし、彼も家を継ぐ次期当主である覚悟だけはしていて、父の領地視察に同行したり、仕事の一部をあずかったりなど、いろいろと来たるべき時に向けて準備をしている。
来年からは貴族の子弟が通う学校にも、いよいよ進学する予定だ。


自分はどうすればいいのだろう。


ファイナは考える。


このまま婚期を逃して家に残ったとして、自分は何ができるのだろう?


自分にあるのは、語学と無駄な知識。特に方面は、異国文化。
とはいっても、ファイナは読み書きはできてもしゃべりの方ができない。何せ文面で学んだ自学自習なのだ。これでは文面でのやりとりができても、直接の交渉には覚束ない。

おまけに、ファイナはこれまであまり人前には出ていないし、出るのは好きではない。人見知りというほどでもないが、積極的に他人に関わるのは苦手な質なのだ。
事実、メイドのルノーとも、打ち解けるのに一年以上かかった。
ルノーはもともと母親がメイド長をしていた流れでデルファウスト家に仕えた関係で、ファイナが十になる前からメイドをしていたのだが、はじめはまるで馴染めず必要最低限の会話しか交わさなかった。

ファイナはじっくり時間をかけなければ、相手と打ち解けられない質なのだ。