そんな桐原が、ベンチで課長へのぶっちゃけ悪口トークを繰り広げていると、砂を踏みしめるゆっくりとした足音が聞こえてきた。

 今までの経験から、足音を捉えた両耳が、敵は女性であると告げる。

 明らかに自分の鼓動が速くなる。

(頼むから来ないでくれよぉ……)

 そう願ってみる。もっとも、口に出していないので相手には通じるはずのない願いだが。

 足音はすぐ隣で立ち止まり、最悪な事にも話し掛けてきた。

「隣、座っても?」

「い! いいですよ!」

(やってしまった……)


『断る』


 これも桐原が苦手とする分野の一つである。だからこの時も、相手の顔を見ずに反射的に隣に置いておいた弁当を掴み取っていた。

 元々気が弱い方ではないのだが、人間恐怖症のせいでおどおどした弱者の印象を相手に与えがちだ。

 人は見かけによらない。しかし関わってみなければ、そんな事は分からないのだ。

 根は真面目な好青年像は、冷や汗すら掻きだした視線の定まらない顔から、すっかり影を潜めてしまっている。