〔完〕 うち、なでしこになるんだから

「いいえ。」

 初めてだ、返事で“いいえ”を使ったのは。それに対して驚いている。

「そうか、それでいい。

 よし、じゃあもう一回いうよ。
 ここで負けてどうするんだ。」

「負けてません。
 今、ここで私の心に勝ちました。」

 さっきより、いやさっきとは別人のように、目つきが強くなった。

 決意した。

 もう、負けるって思わない。
 もう、諦めるような真似はしない。
 もう、くよくよしない。どんな時だって、己の心に勝ち続ける。

 目つきがさらに強くなった。いや、たくましくなった。
 その目で監督を見つめる。

 
 珠理の予想外の返事に笑いをこらえながら、

「さあ、戻ろう。
 あと三分しかないからな。」

「はい。」

 戻るための一歩を踏み出したら、


――あれ?
   足が軽い。――

 自然と駆け足で戻る。

 行きの感情はもう、思い出すことができない。

 行きの重い気分はどこへやら。