あのあと、もっと重要な話もしたのに。


帰り道も、家に帰ってからも、ずっと。


思い出すのは、あのキスのことだった。


ふわ、と香ったムスクの香り。


初めて受けた、どこかしっとりした柔らかな感触。



「ふぎゃー!!」



こんなことばかり考えてる暇はないのに。



「うう、集中だ、舞台に集中……」



ブツブツ言いながら、鏡に向かって髪を整える。


手元のピンを取って、顔を上げた。



「……!」



ビク、と手が強ばって動かなくなってしまう。


鏡の中……あたしの背後に、

女の人が悲しげな顔で立っていた。


オーディションの日に見た、女の幽霊だ。


二度同じ霊を見る事はそうそうない。


だからこそ、気味が悪くて身体が震えた。


あなたは、あたしに何かを伝えようとしているの……?