恐らく激怒するのではないか、とわたしの愚かな思考が告げていました。極度の緊張と理不尽な依頼とが要求された状況下では、即座に人間の本性というものが暴露されるだろうと推測したのです。
しかし彼は一生懸命でした。
ひたむきに奏でるレクイエムの旋律は、タクトが振り下ろされるたびにわたしの心というものに響いてきたのでした。
途端に、わたしを占領していた邪悪な思考は動揺してしまいました。期待を裏切られたからです。彼はあのステージの袖から飛び出したあと、極度の緊張と理不尽な依頼に苦悶し、辱めを受けながらあの場から消去されるはずだったのです。さらに一人で激怒し、呼び付けたわたしを陰で罵倒します。そうして、それが確かな証拠となって、わたしの偽善に対する思考は完成するはずでした。
人は善性による行動はできないのです。その結論が愚かな思考の正体でした。
しかし、その思考がいくら自らの存在を主張しても目の前の状況は変わりませんでした。
彼は軽やかにタクトを振り、楽団を操ります。
なぜ彼はあれほど立派に指揮することができたのでしょうか?
わたしにはまだわかりません。
ですが確かに彼を支えているものが、偽善によらない行動の『本当』としてそこにはあったのです。

