遠くで踏み切りの音。
(若林)「残念ながらまた不合格だった。今の僕には君と話せる資格がないよ」
(杏子)「また来年も受けるのね」
(若林)「ああ、親との約束なんだ。最後のチャンス、もうほんとに疲れきったよ」

(杏子)「どうしても、そこじゃなきゃだめなのね?」
(若林)「男の意地って奴。一度決めたことだから。
男のプライドって厄介なものだ」
(杏子)「ほんとね」

時々車の通る音。
(若林のN)[あの日は心の動揺を隠すべく一方的に一人でしゃべり
続けていた。杏子にはさぞかし迷惑だっただろう」

近くで踏み切りの音。
(若林のN)「とうとう日が暮れて、下宿の前まで来てしまった。
それでもしゃべり続けていた。突然玄関の戸が開いて」

玄関の戸が開く音。
(下宿のおばさん)「中に入って二階のお部屋でお話なさい。
お茶もって行ってあげるから」
(杏子)「ありがとう、おばさん」

階段を上がる音。
(若林のN)「清潔で簡素な部屋だった。小さなテーブルを挟んで
さしむかい、正座して足がしびれてきた。来年、受かっても落ちても
日本を飛び出して海外放浪の旅へ出る決意を述べて、あとは何を話たか

さっぱり憶えていない。足が限界に達し、意を決して部屋を出た。
なんとも気恥ずかしい思いしか残っていない。それから3ヶ月が過ぎて」