声をかけると奥から女の人の返事があった。
出てきたのは40歳くらいのおかみさん。
本庄は手で髪を切るしぐさをして笑みながら、

「ハオア?」(いいですか?)
「ニン、リーベン、ナ?」(日本の方?)
「トイ、そうです」

本庄はカメラとスケッチブックをソファーに置くと
ゆっくりと椅子に座った。おかみさんはじっと
スケッチブックを見つめている。

「あなたは画家か?」
「いえいえ趣味で描いているだけです」

手早く白布がかぶせられ霧吹きで髪に水がかけられ
バリカンが鳴った。はさみに入っておかみさんは急に、

「私の主人は画家だった。これは主人が描いた私の絵」
そう言ってはさみの手を止めて壁に貼ってある
数枚の絵を指差した。

なるほど壁には髪型のサンプルよろしく
おかみさんの絵が貼ってある。
本庄は1枚1枚表情と髪型をじっと眺めて。

「うまい、実にお上手です」
おかみさんは微笑みながらマスクをつけて
髭剃りに入った。首すそ、耳元、眉間、
まぶたとかみそりが這う。

鼻の下から頬、あご、のどとかみそりがすばやく這う。
何度も指の面で滑らかさが確認される。

本庄は口元で微笑んで眼を開けた。
「さあ、洗髪」
おかみさんは洗顔台に本庄の頭を押し込み
ごしごしと洗い始めた。

あーすっきりした。綺麗に洗ってもらって全部で10元
(150円)最高だ。おかみさんは10元受け取ると
スケッチブックをちょっと見ていいかとたずねてきた。