12月の黄海は今年も穏やかだった。
特選二枚を引っさげて本庄は上海に上陸する。
今年は真っ先に朱家角へ向かった。

今年も去年と同じ曇天だ。バスを降りる。
去年と同じ背中にリュック、両手にスケッチ
ブックと額に入れた特選二枚を引っさげて、

バス停から路地裏へ。何も変わっちゃいない。
去年と同じ理髪の文字と看板だ。扉を開ける。
やはり誰もいない。人の気配は感じる。

壁には一昨年前のラフスケッチがそのまま貼ってある。
『あれっ?去年の入選作は?』

と本庄は思いつつ、何か、椅子の上にほこりが
たまっているのを気にしながら、
「有人阿?」(誰かいますか?)

本庄の声は少し震えていた。奥から返事が聞こえた。
メイリンとは違う、若い女の人の声だ。

「本庄さん?日本人の?」
「ええ、そうですが」
「母は、8月の末に病院で亡くなりました」
「肺病で?」

「ええそうです。この3年ほどの間は入退院を繰り
返していたのですが、去年の秋に少し元気になって
この家に帰っていました。年の暮れに又体調を崩し
緊急入院して手術をしましたが、8月の末に・・・・」

8月の末と言えば、本庄が寝苦しくて激しく咳き込んだ
頃だ。あのメイリンの熱に潤んだ引き込まれるような
眼差しが一瞬間近に迫ってきた。

「8月の末?」
「ええ、8月31日の夕刻です。この人が必ず
訪ねてくるからその頃家にいてあげてと言い残して、
安らかに息を引き取りました。これ、お預かりしていた
お金の残りです。本当にありがとうございました」

娘は本庄に紙包みを手渡そうとした。