終礼が終わり、

教室がざわつき始めた。

「お前、今日も彼女と帰るの」

隣の席の和也が、
せわしく荷物をまとめ、立ち上がった俺に声をかけた。

「いいよなぁ、年上お姉さまと付き合えて」

一瞬、考えてから、

「付き合って、ないよ」

と短く答えて、
真っ直ぐに廊下に向かった。


同じクラスの、
名前も覚えていない女の子に、
坂井くんばいばい、と挨拶された。


実際、めったに喋る事がないかぎり、
俺は人の名前を覚えない。

覚えるのが苦手だから、
といえば、
確かにそれもある。


ただ、自分に必要のない人間の名前を、
わざわざ覚えるのも、無駄な気がする。


「ばいばい」

素っ気なく返事をしたら、女の子の頬が少し赤らんだ。







3年の教室。


いた。


窓にもたれかかって、
千影が笑っている。


俺の特技は、
人混みの中から
一瞬で、彼女を見つける事だ。



学校ではいつも一緒にいる、
ロングヘアーの友達と、
席も隣らしい、
短髪の男と、楽しそうに、喋っている。



「千影」

呼ぶと、

ふさぁ、と、
花が咲くように、

彼女の顔が、
ゆっくり、緩む。



この瞬間、
得体の知れない優越感、みたいなものが、
俺の全身を駆け巡る。



「彼氏じゃん」

ロングヘアーの女の人が、千影を見て、
にんまり、笑う。

「じゃぁね」

喋っていた2人に小さく手を振って、
俺の方に、駆けてくる。

「お前等って、ホントに付き合ってないの?」

短髪の男が、訝しげに、聞いてくる。


俺は、
その言葉自体にではなく、
その言葉の裏に潜む、隠された想いに気づき、

その男を睨みつけた。



彼女は、気づく様子もなく、呑気に
うん、と、短く頷き、

俺の顔を見上げた。

にっこり、笑って言うんだ。

「一緒にいるんだよね」