『わたし』は彼の手の届かないところにいるのに、この喉を貫こうとした右腕が掴まれているような気がして。


今すぐナイフを取り戻せば、充分に邪魔されず死ねるほど遠いのに。


その声は耳元で。


あまりにも優しすぎて、それを受け止めるにはこの肺には辛い。



「存外に優しいんですねぇ」


「悪いが、俺は身内に言わせれば外道で残酷なんだよ」


「生きろと仰るのが、ですか」


「俺は因果応報を信じている。

罪人にはそれ相応の代償が来ると信じているから、死ぬのは痛く辛いことだろうが、たかが一瞬苦しむよりも、永く重荷を背負い応報を賜ることの方がずっと懺悔になると思っている。

強いられない勝手な死は、逃走だ」



「ならわたしは逃げたい」



頬に涙がつたう。


たぶん彼は、逃避行の先を見つけられないこの馬鹿な罪人を見て、同情をくれている。


死ぬなというのは残酷な懺悔の宣告。


でも『生きてもいい』というのは神の手に似た救いの言葉だって、あなたは、気づいているだろうか。



「わたしは死<これ>以外、行き場所が見つからない」


声が裏返り、顔は涙でぐしゃぐしゃになって、やっと絞り出した答えがこれ。


監獄の中で永きを過ごす覚悟もなければ、このまま逃げ失せて殺人の罪を背負いながら、こいつの面影に怯えながら生きる度胸もない。


弱虫め、と、笑われる腰抜けな殺人者。