Secret Lover's Night 【連載版】

そして、この三人の中で最も冷静だろうメーシーはと言うと…


「あっ、もしもーし姫?俺だよ、メーシー」


こっそりと席を立って、部屋の隅で千彩に電話をかけていた。けれど、静かな部屋の中には、小さな機械越しの千彩のとびきり元気な声が響く。

『めーしー!お仕事は?』
「ん?今仕事中なんだけどね、ちょっと姫に訊きたいことがあるんだ」
『なにー?』
「姫の名前って何てゆうの?」
『名前?ちさ。安西千彩』
「チサって、漢字で書くとどう書く?」
『千を彩るって書くの』
「そっかー、ありがとね。王子とケイ坊、どっちに代わる?」
『はる!』

ツカツカと晴人の前に歩み寄り、「ご指名だよ」と携帯を差し出す。けれど、それに手を伸ばしたのは吉村で。

「佐野さん、俺に代わってもらえませんか?」
「うー…ん。どうする?王子」

奪い取るように携帯を手にし、晴人は吉村をチラリと見遣る。真っ直ぐに見つめられると、チクリと心が痛む。けれど今の晴人は、冷静さを欠いてしまっていて。

一度深呼吸をし、「待ってください」とだけ言って携帯を耳に押し当てた。

「…ちぃ?」
『もしもしー、はるー?』
「ちぃ、あの…な」
『んー?あ!あのね、お洗濯ちゃんと干したよ!えらいー?』
「お…おぉ。偉い、偉い」
『へへー。今日は早く帰って来れる?一緒にご飯作れる?』
「おぉ、そのつもりなんやけどな…」

またチラリ…と、吉村を見遣る。もし本当に千彩の言う「お兄様」だったとしたら、会わせてやらないのは可哀相かもしれない。

けれど、自分は千彩を手放したくはない。

どうするべきか…と、少し思案する。

『はるー?』
「あのな、ちぃ。ちぃに会いたいって人が今事務所に来てるんや」
『ちさに?』
「そう。今から迎えに行くから、用意して待っててくれるか?」
『うん。わかったー』

電話を切り、もう一度深呼吸をする。携帯を返そうと腕組みをして見下ろすメーシーを見上げると、そこにはもういつもの表情が戻っていた。

「俺が行ってくるよ」
「え?いや、俺が…」
「バイクの方が早いっしょ。それに、話さなきゃなんないことあるんじゃねーの?」

見を乗り出して千彩の声を聞いていただろう吉村は、嬉しそうに笑みを浮かべていて。大きな不安と共に、晴人はメーシーを送り出した。