Secret Lover's Night 【連載版】

「あの…さ」

フォローの言葉は選びきれないほどあるはずなのに、そのどれもが陳腐な嘘のようで。言ったきり黙り込んだ智人を見て、玲子はふっと短く笑った。

「気遣ってくれとん?」
「え?ああ、まぁ」
「らしないなぁ。もう何年前の話よ」

傷付けたのは、逃げたのは、自分だ。

何年経とうが消えることのない事実と罪悪感は、幸せそうな晴人の顔を見て余計に重く、痛くなった。

「俺、俺が…」

続かない言葉が、今朝自分が磨いた床の上を滑る。不思議そうに首を傾げる玲子は、何も言わずただじっと智人を見つめていた。

「俺…絶対お兄より有名なるから」
「ん?せやなぁ。ずっと言うとったもんな」

本当は大好きなくせに、いつも憎まれ口ばかりで素直に好きだとは言えない。
こっちを見て欲しいから反抗するのに、いつもそれを笑って受け流される。

本当にソックリだ。と、思わず笑いが零れた。

「うちとともちゃんは似た者同士や。ホンマ…どっちもはるちゃんには素直になられへん。後悔ばっかや。ええな、ともちゃんは。兄弟やから」

笑って済ませるはずが、震えた声がそれを許してはくれなかった。カウンターにポタリと落ちた涙が、みるみる広がっていく。

「あはは。嫌やなぁ。カッコ悪ぅ。見んといて」
「玲ちゃん…」
「見んかったことにしてや?ホンマ情けないわぁ」

いつだって、智人が羨ましかった。
自分も晴人の妹に生まれたかった。
そうすれば、こんなに苦しくて痛い思いばかりを抱えずに済んだのに。

「玲ちゃん。なぁ、玲ちゃん」
「ちょっと…ちょっとだけ待って。すぐ泣き止む。すぐ」

意地っ張りな玲子が、メイクも構わずゴシゴシと涙を拭う。グッと唇を噛んで、今にも血が滲みそうだ。

憧れ続けた幼馴染みのそんな姿に、智人が堪えられるはずがない。

バンッと一度大きくカウンターを叩いたのは、そっちに行くぞの合図。次の瞬間には、震える肩を目一杯抱きしめていた。


「玲ちゃん。俺が幸せにするから。俺が一生玲ちゃんの傍におるから。だから…晴人のこと想って泣くのやめて」


生涯口にしないつもりだった言葉は、フォローの言葉よりもずっと簡単に口から滑り出た。

会ってくれるようになっただけで、奇跡のような出来事なのだ。その上、こうして店を手伝うまで出来ている。
もう十分だ。何度もそう自分に言い聞かせた。

幼馴染みとして傍に居て、そっと玲子の幸せを見守りたい。
自分は、晴人の弟なのだ。それ以上を望むことなど許されるはずがない。

そっと閉じたはずの重い蓋は、玲子の涙を見た瞬間にどこか遠くへ吹き飛んだ。


「俺…玲ちゃんが好きなんや。ずっと…ずっと…俺…晴人の弟やけど…それでも玲ちゃんのこと諦められへん」


腕の中の玲子を気遣う余裕などない。
そっと背中に回った細い腕の感触でさえ、智人は気付いていなかった。