Secret Lover's Night 【連載版】

地元に戻ってからも、嫌でも晴人の噂は耳にした。
いくら耳を塞いだとて、無理やりにでも入ってくるその噂。やれ雑誌の表紙を飾っただの、やれ賞を獲っただの。途中でフォトアーティストに転向したとはいえ、元々器用だった晴人の成長は目覚ましいものだった。

そんな中、友人に誘われて足を運んだ写真展に、一枚の写真を見つけた。

真っ暗な中に、ポツンと咲く一輪の花。
大きな瞳が印象的なそのモデルは、一糸纏わぬ姿でうっとりと恍惚の表情を浮かべていた。

あぁ、この人はカメラマンのことが好きで堪らないんだ。きっと、愛し合う二人なんだ。そう思い、名を確かめる。


Phot by HAL


その数文字に、全身が凍りつくような衝撃が走った。
ゆっくりと後ずさり、逃げ出すように駆けた。

それ以来、晴人の撮った写真は見てはいない。


「ありが・・・とう」


受け取り、チクリと痛む指先に千彩の肩が小さく跳ねる。痛みが走った場所を確認してみると、ぷっくりと赤い玉が出来ていた。

「あーあ。貸してみ」
「いた・・・」

ちゅっと指先を吸われ、グッと眉根を寄せる。
棘があるから無暗に触れてはいけないと時雨に言われていたことを思い出し、千彩の目に再び涙が浮かんだ。

「泣くな。そない痛ないやろ」
「…うん」
「びーびー泣くんやったら晴人んとこ行け」
「…うん」

キュッキュとブーツの底を鳴らしならが、俯いたまま晴人に歩み寄る千彩。顔は上げずにそのままギュッと抱きつくと、再び謝罪の言葉が降ってきた。

「ちぃ、ゴメンな?」
「・・・バカ」
「ん?」
「はるのおバカさん!」

恨みがましい目で見上げると、情けない表情をした晴人が再び「ゴメン」と謝った。そんな言葉が聞きたいのではない。けれど、自分はこの真っ黒な想いを表現出来る言葉を知らない。

諦めてグッと唇を噛み、千彩はグリグリと晴人のお腹に額を押し付けた。どうかわかってほしい。その一心で。

「ゴメン。嫌やったな」

ゆっくりと頭を撫でられても、真っ黒でモヤモヤした想いは一向に消える気配が無い。こんな時マリちゃんなら…。うーんと考え、千彩はスッと体を離して腕組みをし、斜に構えた。

「許してやんないわ!」

ツンッと顔を背けると、じっと心配そうに見つめていた恵介と目が合う。零れそうになった涙をゴシゴシと袖口で拭い、やっぱり無理だ…と智人の所へと駆けた。

「あほか」
「んー!あほちゃうもん!」
「あー、はいはい。ちーちゃんいいこー」

いくらバカにされようが、智人の腕の中が一番落ち着く。無意識にそれを選ぶ千彩を、晴人は大きなため息と共に送り出した。

「返せよ、俺の嫁さん」
「知るか。選んだのはお前の嫁さんや」
「ちぃ、おいで?」
「んーん。ともとがいい」
「だそうです。お兄さん」

嫌味っぽく笑う智人をギッと睨み付ける晴人。それを見て満足げな智人の腕の中には、晴人の婚約者のはずの千彩。残された二人の男は、オロオロ。

そんなやり取りを遠巻きに見ながら、玲子は思う。一体何がどうなっているのだろうか、と。