「イヤ…イヤー!誰か助けて!はるっ…はるー!」
グラスの割れる大きな音に反応し、再び千彩が叫ぶ。そして、玄関の扉を叩いて助けを求める。
いくら叩こうが叫ぼうが、何も反応を示してくれない扉の向こう側。這ってリビングまで戻って来た千彩の顔は、涙でぐちゃぐちゃどころの話ではなかった。
「千彩」
「ともと!?ともとー!わぁぁぁ!怖いよぉ助けてぇ」
辿り着いたキッチンで、智人の足に縋り付き千彩は叫ぶ。怖い!助けて!と。
「怖いよ…怖いよ…」
「大丈夫や。もう怖ない」
「いない…おにーさまもママも…はるもいない」
「おぉ」
「みんなちさ置いてどっか…ちさひとりぼっち…ちさ…ほかされた…」
縋り付く千彩を見下ろしたまま、智人は手を差し伸べるどころか動こうともしない。それに「あんあまりよ!」と抗議の言葉を出したのはマリで。
それに慌てたのは悠真だ。サッとマリの口を塞いだものの、残念ながらその大きな声は千彩の耳に届いてしまった。
「誰っ!?イヤっ!助けて!ともと助けて!」
まるで木によじ登るように智人の体を伝い、千彩は泣きながら助けを求めた。
けれど、智人は知っている。この状態の千彩は、今縋り付いている相手が本当は誰なのか認識出来ていないということを。
「千彩」
「ともとぉ…怖い…怖いよぉ…ママぁ…おにーさまぁ…」
呼ばれる度、吉村は顔を顰めて苦痛に耐える。こうなった時、千彩を落ち着かせることが出来るのは智人だけ。いくら名を呼ばれようが、下手に声を発したり腕を掴んだりすれば、これ以上のパニックを起こす。誰が誰だか認識すら出来ず、智人の紡ぐ音だけが全て。
吉村はそれを知っていた。
「千彩、おいで」
漸く手を伸ばした智人。それを合図に、悠真は音を立てないようにゆっくりとサイドボードの引き出しを開き、目的の薬を探す。
「千彩、大丈夫や。俺はここにおる」
「ともと…どっこも行ったらイヤ」
「どっこも行かん」
「ちさをほかしたらイヤ」
「ほかさへん。ずっと一緒や」
智人の首元に縋り付いて泣く千彩を見て晴人は思う。
本当はあの日、新幹線のホームまで見送ったあの日、千彩はこうして自分に縋り付いて泣きたかったのだ、と。
グラスの割れる大きな音に反応し、再び千彩が叫ぶ。そして、玄関の扉を叩いて助けを求める。
いくら叩こうが叫ぼうが、何も反応を示してくれない扉の向こう側。這ってリビングまで戻って来た千彩の顔は、涙でぐちゃぐちゃどころの話ではなかった。
「千彩」
「ともと!?ともとー!わぁぁぁ!怖いよぉ助けてぇ」
辿り着いたキッチンで、智人の足に縋り付き千彩は叫ぶ。怖い!助けて!と。
「怖いよ…怖いよ…」
「大丈夫や。もう怖ない」
「いない…おにーさまもママも…はるもいない」
「おぉ」
「みんなちさ置いてどっか…ちさひとりぼっち…ちさ…ほかされた…」
縋り付く千彩を見下ろしたまま、智人は手を差し伸べるどころか動こうともしない。それに「あんあまりよ!」と抗議の言葉を出したのはマリで。
それに慌てたのは悠真だ。サッとマリの口を塞いだものの、残念ながらその大きな声は千彩の耳に届いてしまった。
「誰っ!?イヤっ!助けて!ともと助けて!」
まるで木によじ登るように智人の体を伝い、千彩は泣きながら助けを求めた。
けれど、智人は知っている。この状態の千彩は、今縋り付いている相手が本当は誰なのか認識出来ていないということを。
「千彩」
「ともとぉ…怖い…怖いよぉ…ママぁ…おにーさまぁ…」
呼ばれる度、吉村は顔を顰めて苦痛に耐える。こうなった時、千彩を落ち着かせることが出来るのは智人だけ。いくら名を呼ばれようが、下手に声を発したり腕を掴んだりすれば、これ以上のパニックを起こす。誰が誰だか認識すら出来ず、智人の紡ぐ音だけが全て。
吉村はそれを知っていた。
「千彩、おいで」
漸く手を伸ばした智人。それを合図に、悠真は音を立てないようにゆっくりとサイドボードの引き出しを開き、目的の薬を探す。
「千彩、大丈夫や。俺はここにおる」
「ともと…どっこも行ったらイヤ」
「どっこも行かん」
「ちさをほかしたらイヤ」
「ほかさへん。ずっと一緒や」
智人の首元に縋り付いて泣く千彩を見て晴人は思う。
本当はあの日、新幹線のホームまで見送ったあの日、千彩はこうして自分に縋り付いて泣きたかったのだ、と。

