「よぉやった。助かったわ」
「俺、にーちゃんの役に立った?」
「おぉ、立った、立った。ありがとうな」

特別なご褒美などなくても、悠真はそれだけで満足で。へへっと嬉しそうに笑い、ふと視界に入ったスーツケースを指した。

「にーちゃん、またどっか行くん?海外?」
「ん?あぁ…あれは千彩の分や」
「ちーちゃんの?」
「連れて帰るんやとよ、あいつが」

ちょうど隣の部屋から出て来た智人を見上げ、晴人は切なそうに笑う。それが悠真には堪らなくて。

確かに、かなり情緒不安定だった千彩に付きっきりだったのは智人で。話を聞いてやるのも、夜中に泣き出した千彩を宥めるのも智人で。自分の時間を犠牲にし、このまま続くならば夢さえ諦める覚悟だったのも智人で。

でも、だけど、ちーちゃんはにーちゃんの彼女なのに…と。

「ちぃ、寝たか?」
「おぉ。取り敢えず、な。でも、あの調子やったらまたすぐ起きよるわ」
「そっか」
「せやから毎日薬飲ませ言うてん。徐々に減らしていっとったんやったら何とかなったかもしれんのに、急に何もかもやめてもて、具合悪なったからってまた飲んでも何ともならんわ。また一からやり直さなあかんやないか。俺の苦労を無駄にしやがって」
「…ごめん」

自分は、あんなに酷い状態の千彩と向き合ったことがない。あの状態の千彩と根気良く向き合ってきた智人が言うのだ。それに間違いはない。だからこそ、晴人は謝ることしか出来なかった。

「ちーちゃん、薬飲んでなかったん?」
「おぉ。それを知っとってこの愚兄は何も言わんかったんやとよ」
「愚兄って…」
「愚兄やないか。自分の女の面倒もよぉ見んような兄貴、尊敬出来るわけないやろ」

尤もだ。そう思うからこそ反論はしない。恵介にしても、晴人のことをここまで言われるのは腹が立つけれど、自分も何も言わなかったものだから、智人に反論する言葉が見つからなかった。

けれど、他の二人は違う。

「アンタ、晴の弟なんでしょ?」
「そうですけど」
「だったら、もっと言い方を考えるべきだわ。晴だけが悪いわけじゃないわ。アタシ達だって一緒に居たんだから」

マリの言葉に一番驚いたのは晴人で。

まさか…まさかあの言いたい放題の女王様の口からそんな言葉が出てくるとは。自分の耳がおかしくなったか、はたまたマリが泣き過ぎてわけがわからなくなってしまっているのか。どちらにせよ、どちらでもなくとも、口をポカンと開けて目をパチクリさせるほど驚いた。

そんな晴人の反応に「失礼な奴」と思いながら、メーシーも言葉を付け足そうと口を開きかける。

けれどそれは、千彩の喚き声が聞こえたことによって呑み込まざるを得なくなった。