「ち…千彩っ、千彩は?」
「すんません、ハルさん。どうも出来の悪い部下ばっかりで。俺も当たってみますわ」
「俺も行きます。俺もっ」
「いやいや。こんな世界、ハルさんに見せるもんやないですから」
「でもっ…」
「黙ってそこ座っとけや。俺が行くから」

吉村の電話が鳴った時点で、見つかっていようがいまいが智人は同行するつもりでいた。涙で崩れたメイクも綺麗サッパリ落とし、嫌とは言わせない!と言わんばかりの強い眼差しで吉村を見つめる。

「…わかりました。ほな、トモさんだけ」
「恵介君、お兄お願いな」
「おぉ。任しとけ」

渋々首を縦に振る吉村に、智人は満足げで。後をついて部屋を出ようと足を進め、ふと思い直して振り返った。

「見つけ次第連れて帰るから、荷物準備しとけよ」
「…わかった」

あっさりと了承した晴人に、メーシーが盛大にため息を吐く。けれど、それに反応出来るほど晴人の精神状態はまともではなくて。二人を見送ることもせず再びソファに腰を下した晴人は、もう何もかもに諦めたような雰囲気さえ漂わせていた。

「王子」
「メーシー、ちょっとそっとしといたってや」
「いや、でも…」
「頼むわ。この通り」

両手を顔の前で合わせてギュッと目を瞑る恵介を前に、言葉を呑み込むしかないメーシー。本当は、苛立ちを全てぶつけてしまいたかったのだけれど。

「せーと、俺ちーちゃんの荷物纏めてくるから」
「恵介…」
「大丈夫やって。また智人の気が治まったらこっち戻ってくるから。な?なーんも心配要らんから」

不思議と、恵介の言葉を聞くと本当に何も心配することはないと思えてくる。学生時代から贈られ続けてきたこの言葉は、十数年経つ今でも十分な効力を発揮していた。

「恵介…ありがとうな」
「なんやー。らしないな。照れるわ」

あははっといつものように陽気に笑う恵介を見上げ、晴人は心底思っていた。自分の親友がコイツで良かった、と。


季節は春。日中よりも少し温度を下げた柔らかな風が、リビングの大きな窓からカーテンを揺らしながらそよいでいた。