「うちのくみナメとったら痛い目みさしたるからな！ここから出せー！」


扉に向かって張り上げた大声が、暗闇に吸い込まれる。まるで自分までそれに呑み込まれてしまいそうで。襲ってくる大きな恐怖感に耐えるため、千彩は再びドンッと床を踏みしめた。


「絶対おにーさまに言いつけるから！おにーさまは怒ったら怖いんやからね！」


わざわざ言いつけなくとも、今吉村の部下達は血眼になって千彩を捜している。マンションで連絡を待つ吉村よりも、そっちの方がはるかに「怖い人」だろう。

いや、それよりも怖いのは、冷静さを欠いた三木兄弟かもしれない。何をしでかすかわからない、という意味で。

けれど、そんな大人達の状況を知らない千彩は、「自分を助けに来てくれるのは絶対におにーさまだ！」と信じて疑わない。千彩にとって吉村は、自分と母を助けてくれたヒーローなのだから。


「千彩様。あまり騒がれるようでしたら、また眠っていただきますよ」


不意に扉が開き、時雨が姿を現す。隙間から入り込む光を見逃さなかった千彩は、体の小ささを有効利用して時雨の脇を擦り抜けた。

「おいたが過ぎると、痛い目に遭いますよ」
「痛い目にあうんはそっちや！」

何とかここから逃げ出さなければならない。そう思う千彩は、ベッと舌を出して階段を駆け下りた。

この屋敷からは逃げ出せない。せいぜいできてかくれんぼくらいだ。そう高を括っていた時雨は、この時まだ知らなかった。千彩が意外な特技を持ち合わせていることを。