Secret Lover's Night 【連載版】

「でもちーちゃん、財布置きっぱなしで家出てるんやで?」
「そんなんわからんやん。あほほど小遣いもろとる言うてたで。万札の一枚や二枚、ポケット入れたらどうにかなるやん」
「あほほどって…そんな渡してんの?」

恵介の問い掛けに、俯いて震えていた晴人が重い腰を上げた。そのままゆっくりと隣室に移動し、棚に並べられていた三つの貯金箱を智人に差し出す。

「どれも割らな開けられんようになっとるし、カード類は一切持たせてへん」

だからそれはあり得ない。そう言いたいのだろう。けれど、パソコンの液晶画面に映るギタリストと目の前で難しい顔をする弟を見比べ、晴人は言葉を呑み込んだ。


「会いに…行ったかもな」


千彩が自分よりも智人を頼りにしていることはわかっていた。智人とTV電話をしたいがためにパソコンの使い方を覚え、自分と恵介を部屋から閉め出して楽しそうに会話をしていたのだ。

薬も「飲まなくて良くなったらともとが褒めてくれる!」と、自分達が止めるのも聞かずに自主的に飲まないようにしていた。千彩に甘い晴人が、そんな健気な努力を否定出来るはずがない。


「連れて帰るんやなかった。お前の傍に置いて…仕事辞めて俺がそっち帰れば良かった…」


あまりに身勝手な晴人の言葉に、智人は立ち上がって拳を握る。けれど、殴ることはせずに黙って晴人の脇を抜けてリビングへと戻った。重苦しい空気が、再び室内に広がる。もう限界だ!と思えどそれを口に出来ない恵介は、黙って時計を見上げていた。


時刻は20時を過ぎた。

千彩が今どこで何をしているのか。悪い方向へとしか思考が向かない大人達は、それぞれに重い空気を吸い込むことで転がり落ちる思考をどうにか止めようと努力していた。