一方、緊迫感しか漂わない空間が、都内の某マンション内にあった。
「王子、コーヒー淹れようか?」
静かに首を左右に振り、晴人は俯いたまま声を出さずに答えた。つい数分前、恵介から連絡が入った。千彩ではなく、吉村を連れて家へ戻る、と。
「俺…吉村さんに何て言い訳したらええんやろ」
ボソリ、と弱々しい声が重苦しい空気のリビングの床に静かに落ちた。
今朝千彩が懸命に掃除した部屋は、晴人が家を出た時よりも片付いている。ということは、誰かがここへ無理やり侵入し、千彩を強引に連れ去ったわけではないということだ。
だとすれば、顔見知りの犯行か、外へ出て連れ去られたか、あるいは…
「アンタ何かしたんじゃないの?」
「こらっ、麻理子」
「アンタが何かしたから黙って出て行ったんじゃないの?」
時刻は19時を少し過ぎたところ。普段ならば、この時間千彩は晴人と共にキッチンに立っている。恵介に作ってもらったお気に入りのエプロンを着け、これはどうする?あれはどうする?と、楽しそうに料理を手伝っているのだ。
「こんなとこにこれが置きっ放しになってるのがおかしいわね」
ソファで寛ぐ千彩の親友を掴み上げ、マリは晴人の前へとずいっと押し出す。避けることも受け取ることせずに俯いたままの晴人に、マリは思わず苛立ってそれを投げ付けた。
「向こうに置いててあげた方が幸せだったんじゃないの?こっちに戻したのは、アンタが我慢出来なかっただけ?」
見ていないようで、マリは周りの状況をよく見ている。遠慮しないだけで決して頭の悪い女ではない。だから厄介なんだよ…と、メーシーは大きく息を吐いてマリの腕を引いた。
「麻理子」
「なっ…何よ」
「王子を傷付けると姫が悲しむよ」
それに、出て行ったとは思えない。と付け加え、メーシーは俯いたまま肩を震わせる晴人を見るようにマリの視線を誘導した。
「何か事件に巻き込まれたのかもしれない」
「What's!?」
「吉村さんの到着を待って、それからどう動くか考えよう」
この時点で、メーシーには既にわかっていた。仕事で上京してきているだろう吉村が恵介から事情を聞き、仕事を放り出して千彩の捜索を開始していることを。
さすがに読める男は違う。けれど、それを褒めてくれる人物は残念ながらこの場にはいない。
「姫は必ず戻って来るよ」
ポンッと晴人の肩に手を置き、メーシーはゆっくりと千彩の親友を拾い上げた。そして、それをむにっと晴人の横っ面に押し付ける。
「大丈夫だ。心配要らない」
何とかなる!そう言ってくれる友人は、自分を置いて千彩を捜しに出てしまった。押し潰されそうなほどに大きな不安で、晴人は顔を上げることさえ叶わなかったのだ。
「王子、コーヒー淹れようか?」
静かに首を左右に振り、晴人は俯いたまま声を出さずに答えた。つい数分前、恵介から連絡が入った。千彩ではなく、吉村を連れて家へ戻る、と。
「俺…吉村さんに何て言い訳したらええんやろ」
ボソリ、と弱々しい声が重苦しい空気のリビングの床に静かに落ちた。
今朝千彩が懸命に掃除した部屋は、晴人が家を出た時よりも片付いている。ということは、誰かがここへ無理やり侵入し、千彩を強引に連れ去ったわけではないということだ。
だとすれば、顔見知りの犯行か、外へ出て連れ去られたか、あるいは…
「アンタ何かしたんじゃないの?」
「こらっ、麻理子」
「アンタが何かしたから黙って出て行ったんじゃないの?」
時刻は19時を少し過ぎたところ。普段ならば、この時間千彩は晴人と共にキッチンに立っている。恵介に作ってもらったお気に入りのエプロンを着け、これはどうする?あれはどうする?と、楽しそうに料理を手伝っているのだ。
「こんなとこにこれが置きっ放しになってるのがおかしいわね」
ソファで寛ぐ千彩の親友を掴み上げ、マリは晴人の前へとずいっと押し出す。避けることも受け取ることせずに俯いたままの晴人に、マリは思わず苛立ってそれを投げ付けた。
「向こうに置いててあげた方が幸せだったんじゃないの?こっちに戻したのは、アンタが我慢出来なかっただけ?」
見ていないようで、マリは周りの状況をよく見ている。遠慮しないだけで決して頭の悪い女ではない。だから厄介なんだよ…と、メーシーは大きく息を吐いてマリの腕を引いた。
「麻理子」
「なっ…何よ」
「王子を傷付けると姫が悲しむよ」
それに、出て行ったとは思えない。と付け加え、メーシーは俯いたまま肩を震わせる晴人を見るようにマリの視線を誘導した。
「何か事件に巻き込まれたのかもしれない」
「What's!?」
「吉村さんの到着を待って、それからどう動くか考えよう」
この時点で、メーシーには既にわかっていた。仕事で上京してきているだろう吉村が恵介から事情を聞き、仕事を放り出して千彩の捜索を開始していることを。
さすがに読める男は違う。けれど、それを褒めてくれる人物は残念ながらこの場にはいない。
「姫は必ず戻って来るよ」
ポンッと晴人の肩に手を置き、メーシーはゆっくりと千彩の親友を拾い上げた。そして、それをむにっと晴人の横っ面に押し付ける。
「大丈夫だ。心配要らない」
何とかなる!そう言ってくれる友人は、自分を置いて千彩を捜しに出てしまった。押し潰されそうなほどに大きな不安で、晴人は顔を上げることさえ叶わなかったのだ。

