Secret Lover's Night 【連載版】

「あれと結婚するんやで、お兄」
「結婚…何で?」
「知らん。見た目もあれやけど、中身はもっと凄いんやで、アイツ」
「え?魔性?」
「魔性なんてもんちゃうわ!」

悠真が千彩を知らないことをいいことに、智人は言いたい放題だ。千彩を知る第三者が居ればパシンッと頭でも叩くだろうけれど、残念ながらここには智人と悠真の二人だけで。どちらも晴人が大好きなものだから、苦々しい表情で見つめ合って同時に深いため息を吐いた。

「何でやろなぁ…」
「にーちゃん、東京で何かあったんかな?」
「さぁなぁ」

何がどうなってこうなったのかと問われれば、智人には答えようがない。何せ、智人自身もよくわからないのだから。

ただ、大好きな兄が連れて来た恋人が千彩で、その千彩は度々この家に泊まりに来る。千彩が来て暫くしたら晴人も帰って来るのだけれど、その時に見る晴人の姿が、自分が憧れていた晴人とは遠くかけ離れた姿に見えて。何度も納得しようとはしたのだけれど、どうしても冷静に物事を呑み込むことが出来ないでいた。

「俺、話してみたいんやけど」
「千彩と?」
「チサさんゆうん?」
「千彩で十分や。もしくはちーちゃん」

智人にしてみれば、千彩は「妹」で。いくら実の兄と結婚すると言えど、「お義姉さん」とは到底呼べそうにもなかった。

「千彩と会話すんの、苦労すると思うで」
「は?」
「幼稚園児と喋る感覚で喋れよ」
「え?」
「まぁ、喋ってみたらわかるわ」

ポンッと悠真の肩を叩き、智人は重い腰を上げた。これで自分の苦労が少しでもわかってもらえたら…と、そんな思いもある。

「おい、千彩」

扉が開きっぱなしになっていたリビングに向かって呼び掛けるも、千彩からの返答は無い。また寝たか?と思って覗き込んでみても、姿を確認することは出来なかった。

「あれ?上かな」

首を傾げながら階段を上る智人のTシャツの裾を、悠真が無言で引いて玄関を指した。促されて確認してみても、千彩の履いてきたスニーカーはどこにも見当たらなかった。

「あちゃー…どこ行った、アイツ」
「コンビニとか?」
「アイツ金持ってへんし、買い物の仕方なんか知らんわ」
「ほんならどこ行ったん?」
「俺が訊きたいわ」

玄関にしゃがみ込み、智人は「面倒くさい…」と愚痴を零す。まだ千彩をよく知らないこの二人からしてみれば、それはただ面倒くさいだけの出来事だった。

「探す?」
「ええわ。暫くしたら帰って来るやろ」

これが見当違いだったということを、数時間後二人は身をもって知ることとなった。