「ちぃ、学校は?」
「ちさ、ずっとママと家におったよ」
「そっか…」
自分の家庭環境は、比較的恵まれていた。両親がいて、姉と弟がいて。当たり前に学校へ通い、専門学校まで出してもらった。
けれど、そんな当たり前のことを出来なかった少女が、今目の前にいる。そんな不条理な現実に、ズキンと胸の奥が痛む。
「母親がこいつ産んだんは、今のこいつより二つほど若い時でね。せやからガキがガキ育てとるようなもんで、何もわかっとらんかったんですわ。俺が一緒になろうてなんべんも言うのに、あいつ意地っ張りでね」
ははは。と、吉村が笑う。それがどこか寂しげで。今の千彩より二つといえば、15歳で産んだことになる。中学生じゃないか!と瞠目する晴人に、吉村は続けた。
「俺が知り合うたんは25になる前やったんですけど、その時にはもうあかんようなってました」
「あかん…よう?」
「アル中でね。お恥ずかしい話です」
「あぁ…」
千彩は、晴人が酒を飲むことを嫌った。缶ビールの一本くらいならば何も言わないけれど、二本、三本となると段々と拗ね始める。恵介の話を信じていなかったわけではないのだけれど、どこか軽く考えていた自分に腹が立つ。
「学校にも行かせてやれんでね、こいつにはほんまに可哀相なことしました。勉強なんかロクにさせてないもんやから、ほら…この通りですわ」
「吉村さんは…いつから千彩と?」
「初めて会うたのは、こいつが10歳になる前でした。メシもロクに食わせてもらえてないような、ちっちゃいちっちゃいガキでね。よぉここまで大きなってくれたもんで…」
感慨深げに千彩を見つめるその目は、どこからどう見ても父親の目で。慈しむような優しい視線に、愛情の深さを感じさせられる。
「お母さんが亡くなってからは、吉村さんが?」
「ええ、そうです。せや言うても俺も仕事ばっかでね。俺の親代わりになってくれてた人が殆ど面倒みてくれとったんです。もう亡くなってもうたんですけど。こんな…傷もんにされてもうて…」
目頭を押さえる吉村に、千彩がコテンと首を傾げる。
「きずもん?はる、きずもんって何?」
「ん?汚されたとか…そんなんかな?」
「ちさ?ちさ汚い子なん?昨日ちゃんとお風呂入ったよ?」
「んー…そうゆう意味やなくてな」
「あほ!ちー坊が汚いわけあるか!」
「だっておにーさまそう言ったやん」
「それは…その…」
話が進まない。難しい言葉や微妙なニュアンスは、千彩には通じない。それに多少苛立つことはあるけれど、学んでこなかったのならば致し方ない。
それがわかっただけでも進歩なのだと、晴人は無理矢理自分を納得させた。
「ちさ、ずっとママと家におったよ」
「そっか…」
自分の家庭環境は、比較的恵まれていた。両親がいて、姉と弟がいて。当たり前に学校へ通い、専門学校まで出してもらった。
けれど、そんな当たり前のことを出来なかった少女が、今目の前にいる。そんな不条理な現実に、ズキンと胸の奥が痛む。
「母親がこいつ産んだんは、今のこいつより二つほど若い時でね。せやからガキがガキ育てとるようなもんで、何もわかっとらんかったんですわ。俺が一緒になろうてなんべんも言うのに、あいつ意地っ張りでね」
ははは。と、吉村が笑う。それがどこか寂しげで。今の千彩より二つといえば、15歳で産んだことになる。中学生じゃないか!と瞠目する晴人に、吉村は続けた。
「俺が知り合うたんは25になる前やったんですけど、その時にはもうあかんようなってました」
「あかん…よう?」
「アル中でね。お恥ずかしい話です」
「あぁ…」
千彩は、晴人が酒を飲むことを嫌った。缶ビールの一本くらいならば何も言わないけれど、二本、三本となると段々と拗ね始める。恵介の話を信じていなかったわけではないのだけれど、どこか軽く考えていた自分に腹が立つ。
「学校にも行かせてやれんでね、こいつにはほんまに可哀相なことしました。勉強なんかロクにさせてないもんやから、ほら…この通りですわ」
「吉村さんは…いつから千彩と?」
「初めて会うたのは、こいつが10歳になる前でした。メシもロクに食わせてもらえてないような、ちっちゃいちっちゃいガキでね。よぉここまで大きなってくれたもんで…」
感慨深げに千彩を見つめるその目は、どこからどう見ても父親の目で。慈しむような優しい視線に、愛情の深さを感じさせられる。
「お母さんが亡くなってからは、吉村さんが?」
「ええ、そうです。せや言うても俺も仕事ばっかでね。俺の親代わりになってくれてた人が殆ど面倒みてくれとったんです。もう亡くなってもうたんですけど。こんな…傷もんにされてもうて…」
目頭を押さえる吉村に、千彩がコテンと首を傾げる。
「きずもん?はる、きずもんって何?」
「ん?汚されたとか…そんなんかな?」
「ちさ?ちさ汚い子なん?昨日ちゃんとお風呂入ったよ?」
「んー…そうゆう意味やなくてな」
「あほ!ちー坊が汚いわけあるか!」
「だっておにーさまそう言ったやん」
「それは…その…」
話が進まない。難しい言葉や微妙なニュアンスは、千彩には通じない。それに多少苛立つことはあるけれど、学んでこなかったのならば致し方ない。
それがわかっただけでも進歩なのだと、晴人は無理矢理自分を納得させた。

