灰色ブランコ





二人目。とび職の男。

ある日、理由は忘れたけど、学校が午前中で終わった。いつもより多い自由な時間を最大限有意義に使おうと、急いで家でお昼ごはんを食べてから公園に向かったんだ。するとそこに彼は居た。深い紺色のだぼだぼな作業着。そのときは、それがとびと呼ばれる職人の制服だなんて知らなかったから、変な服だなあ、と思ってちらっと見ただけだった。

彼は公園のベンチに座り、コンビニで買ってきたらしい弁当を膝の上に広げてむしゃむしゃと食べていた。友達との待ち合わせ時間より少し早く到着した僕は手持ち無沙汰で、ジャングルジムの上でなんとなく彼を眺めていたんだ。そしたらふっと彼が顔を上げて、ジャングルジムの上の僕と目が合った。一拍置いてから彼はにかっと笑った。つられて曖昧な笑みを返すと、彼はにこにこ顔のまま手招きした。悪い人じゃなさそうだったから僕は素直に彼に近づいた。何の面識も無い僕を呼び寄せて何を言うのかと思ったら、彼は「きみ、ちくわ好きか?」なんて、よくわからないことを訊いてきた。ちくわのことは別に好きでも嫌いでもなかったけど、僕は「うん」と答えた。そうしたら彼はほっとしたような表情を見せて、「よっしゃ、じゃあこのちくわやる」とか言ってお弁当のご飯の上に乗っていたちくわを僕の口の中に放り込んだのだ。

それがきっかけで、僕は彼と仲良くなった。あとで知ったことだけど、彼はちくわがどうしても苦手で、偶然その場に居た僕を処理係として呼び寄せただけだったらしい。

学校が早く終わった日だけ、僕たちは公園でおしゃべりをした。彼は少し風変わりな男で、他の大人がそうしたような、僕のことを子供だと思って話すそぶりがなかった。自分より年下の、だけど一人前の人間として僕を見てくれているようだった。僕にはそれが新鮮で、彼とのおしゃべりの時間はとても有意義なことに感じられた。他の大人が教えてくれないような、社会の色々な話を彼は教えてくれた。ゼイキンがどーの、シャカイホケンがどーの。難しくてそのころの僕にはよく理解できなかったけど、学校で聞く退屈な算数の授業よりはよっぽど将来役に立つ事柄に思えた。その内彼の職業の話になり、今この公園の近所で建設している家の話になったところで、彼は突然別れが近いことを告白した。もうすぐここでの仕事が終わるから、もうきみとは会えないかもしれない。彼はそのときそう言って、少し寂しそうに笑った。

そして、その言葉は本当になる。

それ以来、彼に会うことはなかった。その代わり公園の近所には、彼から聞いていた通りの立派な一軒家が住宅地の中に仲間入りしていた。